2010年3月27日土曜日

ふまじめ介護②


おはようございます。相撲も一人横綱で、優勝争いは外人ばかりでしたが、山形県出身で序二段ではあるが、新人が登場したことが、東北のWEB新聞をみて分かりました。
大相撲春場所13日目(26日・大阪府立体育会館)の郷土勢は、序二段の北勝鶴が叩き込みで大上総を下し7戦全勝。木瀬錦は押し出しで桴海に敗れ2勝5敗 となった。
がまだ姿はみていない。

昨日の続きですが、「ふまじめ介護」とうたっているが、実は真剣に取り組んでいたのでした。
義母がなくなって、義父は「高齢者のお見合い」に参加し、看護婦さん、薬剤師さん、選び放題ということで帰ってきた。69歳で結婚することになって、その女性の家に住むようになった。オジイちゃんは平成18年になると、、大声で倒れ、地声の大声でわめくようになったので、こちらに戻され引き取ることになったが、都内には認知症を入院させてくれ所はなくて、千葉の谷津総合病院で面倒もてもらうことになった。病院でも大声を出し、「ここはどこ?」というばかりで手に負えないということで、その病院でも限界があって在宅介護することになった。2Fの西南の仏壇のある部屋に寝起きしてもらうことにした。声を出せば『出してくれ』の連呼、一晩中眠りを妨げられた。
気にしてドアを開ければ、近所にも聞けるような大声で「馬鹿」といわれ、我慢ならず、手ぬぐいを畳んでそれで殴ってしまっていた。弱者に手をあげたので「駄目なんだ」と自分を責め、自己嫌悪に陥った。連れ合いに相談すると、「それでよいのだ」とかばってくれた。それでもオジイちゃんに、「馬鹿に介護されているのはどうなんだ」答えは「オオバカだ」。私は隣室に襖を隔て寝ていたが、うるさくたまらず、防音の意味で襖にマットレスを貼ったのは効果があった。1.5年なんでこんなことになったのかと、泣いてばかりでした。医者に、心とは反対にもう少し長生きするにはどうしたらいいでしょうかと聞いてみると、あと半年だという。内心あと半年がんばればいいとおもったが、そうは問屋がおろさず、春になっても死なない。友人に看護士がいて自宅にきて相談すると、この具合だともう5年は大丈夫と言われたが、自分には不都合なにで信じなかった。その後又相談すると、こんなに頑張ったら身がもたないよといわれた。さらに言われたことは、「現実にどう続けられるか、人生を楽しみながらでないと、続けられないでしょう」
そういうことならば、頑張らなくてもいい、手抜きする方法しかないではないか。そんなことでよいのかと迷ったが、長続きするのはそうするしかないのでした。
いわれたのは、義父さんのことは、息子さんが主で、貴女が助手ですという考えをしてくださいと言われました。このように専門家にいわれたことでホッとしました。
続く

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