2010年3月21日日曜日

人恋しくて


おはようございます。東村山市のほうに自転車で所沢街道を走ったら、アウトレットも完全閉店まじかであるが、それほど安くはない。リサイクル屋さんが2つも開業していた。
車だと見逃してしまうところですが、自転車ですと、新たな発見があるし、古い道なので、歩道の幅が広くなったり、狭くなったり、武蔵野の雑木林はまだまだ春の装いではなく、畑も耕したばかりで、
連翹などが、民家の庭先からこぼれだしていた。農家の庭では辛夷が真っ盛りでした。

ひと恋しくて:久世光彦より
森繁久弥:向田さんと私とは、勝手に自分たちの方で弟子であると決めていた。狡いの、悪賢いのと好きなように陰口をきき、都合のいいときだけ尻尾を振っては胡麻すり、口を合わせておだて上げ、好色でいい加減な男の役や、ペシミティックなオカマ爺の役をやってもらったりしたが、それでも私たちはいつも三歩下がって、向田さんが言い出した<おてんとうさま>の影だけは踏まなかったつもりである。向田さんは、あの胡散臭さがたまらなく好きだと言っていた。
インチキの妙とも言っていた。私は、不用意にみせかけ、ヒョイと覗かせてくれる、おまけみたいなこころ細さが好きだった。腰が右記かけたり、目が泳いだり、情けなく口ごもったりする芝居をこの人くらい<本当に>できる役者は、
後にも先にもいない。私の夢は、もう一度、卑怯者、裏切り者、嘘つき、女たらし、アル中、それらをいとも簡単にやってのける師匠を見ることである。
偉人、賢人は誰にもできると言えばお叱られるかもしれないが、生きていることの心細さ、まるで<屁>のようなおかしさ、頼りなさを私たちn見せてくれるのは師匠、あなたしかいない。
だから、この人がいなくなったらどうしようと思うことが、よくある

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