2009年9月12日土曜日

報道の義務②


おはようございます。綾のために、食事の用意されていたのが、残念でしたね。
コスモスの花が咲いています。最近は濃いオレンジ色が盛んです。好きな色はやはり薄いピンクとか白とかが似合い、それが群生しているのが良いですね。」

昨日の続きになります。
 9/11は8回目の多発テロの日でした。オバマ大統領もグァンタナモ基地にあるイラク人の収容所の処理問題に苦労しているようですね。
パレスチナ人のとある村で1月前、銃撃事件があり、その事件の理由はイスラエルのユダヤ人が自分たちの土地を奪ったことに抗議するストライキの計画があった。そのストライキの前夜に襲撃沙汰があったのだ。家族を失った遺族に取材させてくださいといった途端に年輩の男性が顔をあげ、「あんたジャーナリストなのか」「はい」その人は叫んだ。「なぜ今頃になってのこのこやってきたんだ!
あんたがいなかったから、息子は殺されちまったじゃないか!」広河氏は絶句した。その人はなおまくしたて、「あんたがいれば銃撃事件なんか起きなかった。報道されるのをおそれて、かれらは銃を打たなかったはずだ。なぜもっと早く来なかったんだ、なぜもっと早く」広河氏は返す言葉を失った。それまで広河は起こったことを知らせるのが報道の仕事だと思っていた。しかし老人の言葉で目覚めた。それは戦争がおこりそうな場所は、みずからの命を危険にさらすことを意味していた。恐れはあった。しかし、「逃げるわけにはいかない」と広河は思った。
  イラクで米軍が戦車で封鎖を行っている場所での出来事は、米軍兵士もイラク人の言葉もわからないのだが、イラク人も英語はわからないのだし、イラク人は車を降りろといわれ、まったく理解できないのに、迷っていたのを不審な行動と誤解して米軍の兵士の機銃掃射を受けた。男性は生き残った子供と妻とともに、米軍の病院に一時搬送され、しかしすぐ見捨てられた。こどもは死に、男性は両足を失った。男性はいった、犬だってあんなひどい扱いはしないはずだと。
大手のメディアはミサイルが発射されたところは映像をながすが、その着弾しているところは報道しない。本当はそこにこそ、戦争の本質があるというのに。
戦争は恐ろさから逃げる意味で発砲することの連続で怖さを克服すると思われるのだが、敵味方は同じ思いだから終わりを告げるのはいく所までいって終結するには厭戦に至らない限り難しい。そのために雑誌『DAYSJAPAN』を発行し戦争の抑止力にしたいとの活動を続けている。また生き残った難民キャンプの里親運動も行っている。広河氏は戦争の真実を知ってしまった以上「、使命とは全く別に戦争でもたらされた人々の苦しみと無関係に生きることは僕にとって不可能なんですよ」といっています。

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