2009年9月5日土曜日

三多摩は一つの国の規模&人口爆発だった。


おはようございます。日本の国土は狭いように感じますが、なかなかどうして三多摩だけで一国に匹敵する人口があるとは思いもしませんでした。
日本も結構大きな国なんだという風に思えてきました。我々の「きらっとシニア倶楽部」主催で多摩・武蔵野を知る講座を開きました。
地元を知ることによってそこが好きになり、第二の故郷になるのだという目論見でしたが、たしかにそうでした。


多摩・武蔵野講座
2009.9.4於西東京市コールセンター
講師:保坂一房たましん地域文化財団学芸委員(たま信用金庫)

三多摩は都下の30もの市町村で構成されている。


【人口比較】
人口は400万人にも達する。この人口は、福岡県についで第10位であり、世界で比較
すると、アイルランド(397万人)、ニュージーランド(402万人)、香港にも相当する。
23区と比較すると、世田谷区84万、練馬区69万、大田区68万、江戸川区は67万、
足立区は65万、杉並区は53万、板橋区52万、江東区44万、葛飾区44万、町田市41万、
とばして港区21万、渋谷区は20万、わが西東京市はほんのわずかですが、19.29万、文京区の19.27万より
多いのです。

【人口推移】50年前の、1955年に100万→1966年には200万、→1976年300万、2003年
400万人になっていいます。地元人口の3倍になるのに、20年であり、4倍になるのに、
50年しか経過していない。こうみると他所者が多いし、その融和策としての
小・中学校や水道問題などで、場所がなくなったので丘陵部分の多摩ニュータウンや小河内ダムなど地元は受け入れに相当苦労したそうです。
【変化に富む地形】
武蔵野台地が広がる多摩東部(武蔵野市・調布市など)―――台地とハケが特徴的な
北多摩(西東京市、小平市など)
多摩丘陵が連なる多摩南部(八王子市、町田市など)―――丘陵と谷戸が織りなす南多摩
関東山地の一角をしめる多摩西部(青梅市、羽生市、奥多摩町など)――風光明媚な多摩
西部

【時代の移り変わり】
・現在2009年
  地球温暖化、 携帯電話・インターネット、少子高齢化、国際宇宙ステーション「きぼう」
・50年前――1959年(昭和34年)
  ご成婚パレード、岩戸景気、キューバ革命、高度経済成長
・100年前――1909年(明治42年)
  伊藤博文暗殺、生糸輸出量が世界一、1等国、1910年は大逆事件、韓国併合。
150年前――1859年(安政6年)
 神奈川・長崎・函館が開港、吉田松陰刑死、 尊王攘夷、 1860年は桜田門外の変

http://www.kaikou.city.yokohama.jp/anniversary/index.html
http://madconnection.uohp.com/mt/archives/000796.html
http://www.yushodo.co.jp/pinus/59/library'santiq/contents2.html

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