2009年7月2日木曜日
大学創設の理念
おはようございます。市民への公開講座で、出席者は武蔵野大学の沿革とか、教育理念知らなかったので、とても参考になりました。
武蔵野市寄付講座
講座名:武蔵野市寄付講座
「(武蔵野)の記憶と現在-日本語・日本学科からの発信-」第11回
学祖のめざした大自然の中の人間教育」山崎龍明先生
高楠潤次郎という武蔵野大学(旧武蔵野女学院という浄土真宗系の学校で、今は大学だけは男女共学)の創始者についての講義だった。
1866年(慶応2年)に広島県三原市生まれ、1945年、敗戦の年に没(永眠はキリスト教でいうことだそうです)。
広島県も御門徒の盛んだったところだそうです。東京帝大、ベルリン大学、オックスフォード大学にまなぶ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A5%A0%E9%A0%86%E6%AC%A1%E9%83%8E
留学の帰途、インドのタゴールと合い、そこの大学の自然に魅せられたという。そこで大自然は人間を養うということを痛感。
この創始者も同様、仏教界が天皇崇拝のため、戦争にも反対できなかったのは講師も痛恨の極みだったと思いますと言われた。キリスト教系の女子学校が盛んなのに、仏教系のそれは少ないのを憂慮して、何とか大自然のなかで女子教育をしたい理想をもっていた。この人はいう理想を持たない人間は堕落するということをいっていたそうです。(鹿鳴館とか、西洋に追いつかねばということが、キリスト教系を受け入れる素地になっていたのでしょうか。明治学院、青山学院、神戸女学院、聖心女子学院、東京女子大学、上智大学、立教大学のキリスト教系に対し、:佛教系は京都女子大学、大谷大学,龍谷大学、駒沢大学、花園大学、立正大学)
1924年(大正13年)に築地で開校、その後西東京市に移転した時のことであるが、昭和4年7月13日の東京日日新聞に、「散りゆく三十六人集」これは古筆で、宮廷に多額の寄付したことで西本願寺に下賜された家宝。それをまだ名前も知られていない学校の建設資金にすることが報じられた。
様々な批判の声があがったが、高楠学長は「教育のためですからやもう得ません」と少しも迷わなかったそうです。しかし昭和恐慌のころなので、思うように寄付も集まらず、新入生徒数もわずかに23名だったそうです。
この高楠さんの全4人娘さん全員が親より早くなくなっている。敷地内に住居を構え、いつでも生徒が相談にきていたそうです。
●親鸞の非祈祷主義:仏を真に徹底して信じているならば、祈りによって幸福を得ようとするのは不合理。祈祷する心理は、仏に対する疑いの心であると。(こういわれもこまりはててしまいます。祖母の念仏は腹からナンマイダという感謝の念が感じられました)
●近代の代表的真宗念仏者である、金子大栄先生(1881から1976)が言われているそうですが、「私達は現実に不安と苦悩との中にあって、なんとかそこからのがれようとしている。私達が求める知識と道徳は、そのために用意されているのである。しかしながら知識はこの身を支えるものであっても、生と死という人間の根源にかかる不安を取り除くことはできない。かえって、不安は知識とともに加わってくるものであると。
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