2009年6月4日木曜日

夜と霧2


屋の店先にはもう桔梗の花がおいてありました。随分早いものです。

飢え:被収容者が大勢で作業現場にいるとき、監視の目がゆるんだとする。すると、すぐに食べ物談義が始まるのだ。ひとりが、隣りの溝で働いているだれそれはこんなものが好きなんだとさ、と始めるのだ。それから、レシピの交換やら、解放され、家にもどったら互いに再会を祝ってささやかな宴を開こう、そしてこんなものを食べようと、メニューを数え上げる。空想はそれこそきりがない。それは突然見張りが来るぞ!
最後のころの一日の食事は、日に一回あたえられる水としか言えないようなスープと、人を馬鹿にしたようなちっぽけなパンで、それに「おまけ」がついた。それは20gのマーガリンだったり、粗悪なソーセイジひと切れだったり、静養中の病人の食事はさらにひどかった。栄養不良のため性欲がきれいさっぱりなくなる。

愛する人:.わたしはときおり空を仰いだ。星の輝きが薄れ、分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。今この瞬間、わたしの心はある人の面影で占められていた。精神がこれほど生き生きと面影を想像するとは、以前のごとくまっとうな生活では思いもよらなかった。わたしは妻と語っているような気がした。妻が堪えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。その微笑みは、たった今昇ってきた太陽よりも明るくてらした。収容所に入れられ、なにかを自己実現する道を断たれるという、思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況、できるのはただこの耐えがたい苦痛に耐えることしかない状況にあっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、満たされることが出来るのだ。そうです。

夜と霧;新版;池田香代子訳:みすず書房より

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