2008年12月18日木曜日

江戸の秘薬その2



江戸時代の薬で家康も大事に使っていた中国の宋の時代の処方による秘薬の昨日の続きのお話です。マイミクさんの佐賀のナナさんから2007年4月17日のところにも紹介されていますよと連絡が入りました。

家康の手がけた万能薬「烏犀円」ウサイエン2008.12.14

小平市教育委員会 埋蔵文化財・民具担当学芸員 小川望氏の講演から

興味ある事実は

●考古学は石器時代や縄文時代の調査に限らず、江戸時代のことでも、このような例でも辿るのが難しく、時間も労力もかかるが、それが古をたどる楽しさですよと。

●明治政府になって、官許という記載ができたが、58種類はいっていたが、害になるヒ素も入っていたものなどは取り除いた

●材料の烏犀の材料は中国との貿易から入手していた。これは今でも写真で見られます。その他「狐の肝」というものもあった。これは写真がない。

●昭和17年の薬事法の改定で、秘薬が作れなくなったものも結構あった。

●江戸時代の製造元

 加賀国(石川県)、肥前国(佐賀県)、肥後国(熊本県)、尾張国(名古屋)

●今でも売られている烏犀圓のは佐賀※と金沢です

※佐賀の野中忠兵衛で売られているのは5250

●天明4年大飢饉が生じました。その折佐賀藩主鍋島治茂公は、5人の他藩者に薬をつくらせたが、その中の一人が隠密と疑われたため、多国者の製薬・売薬を禁じました。

その後佐賀藩医上村春庵らの願により、藩主は藩民のためを思い、一手製造を野中忠兵衛に与えた。

●内藤くすり博物館はhttp://www.eisai.co.jp/museum/

●何故肥前の薬が小平にあったのか:明治のはじめに多摩には品川区であったが、御門訴事件という政治的な事件があったが、これらに関係していた中央政府の九州出身の役人がこの小平にも来ていたのではないかとも推察している。

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