2008年11月28日金曜日

奴隷解放の頃


最近黒人問題を追っている訳ではないのですが、そういうところに導かれます。不思議です。

「ハックルベリ・フィンの冒険」という愉快な本を書いたマーク・トウエイン(本名はサミュエル・ラグホーン・クレメンズ)、奴隷解放宣言は1863年ですが彼の生まれたのは1835年でした。1841年トウエインの父が陪審員の一人としてに家畜や道具なみに扱うことを正当化されていた奴隷5名の逃亡を助けた3名の白人の奴隷廃止論者にたいして、12年の実刑判決を下しているような時代であった。この本は彼がミシシッピ河畔のハンニバルという小さな町の学校体験によるものが書かれている。浮浪者同然のハックが、厳しくピューリタン的な未亡人の家に引き取られて、行儀、作法、を仕込まれた時、ハックはお祈りすれば願がかなえられると教えられて、魚釣り用の釣り針をたのんでみたが一向に効き目がなかったという場面を描いている。

彼の完全なる全集が出版されるようになったのは、1970年代の公民権運動やベトナム反戦運動等と期を一にしている。

 トウエインの黒人に対する感情は、父親とはむしろ正反対であったといってよいが、これには母親の影響がおおきかった。彼がまだ小さな頃、メリーランド州の東部海岸から連れてこられた奴隷少年がいた。この奴隷は、陽気で無邪気でやさしかったが、毎日騒々しく口笛を吹いたり、叫び声をあげたり、笑ったりしたので、トウエインは我慢できなくなって、母親にやめさせるように頼んだ。母親は眼に涙を浮かべ、唇をふるわせながら、こんなことをいっている。

「あの奴隷少年が騒々しく歌うときには、両親や兄弟から引き離されている悲しみを思い出さないようにしているからだよ。だけど、あの子が黙っていると、思い出しているのではないかと思って我慢できなくなるわ。あの子はもう二度と母親には会えないだろうし、歌って気がまぎれるのであれば、それをやめさせるのではなくて、むしろ、そのことに感謝しなくてはいけないよ」と諭したという。

アメリカ文学の源流「マーク・トウエイン」池上日出夫、新日本出版社

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