2007年9月23日日曜日

ヒトのお絵かき


上の写真:Photo by (c)Tomo.Yun  写真素材集のhttp://www.yunphoto.ne/
                                                          
                                   
                                                                           
なぜ絵を描くのかヒトのお絵かきの発達 私たちが絵を描こうとするときの過程を考えてみる。まず描こうとするものを想起する。想起するものは今、目にしているものである必要はない。過去に見たものの記憶でもよいし、架空のものでもかまわない。写真のような鮮明な映像でなくても、大まかなイメージでもかまわない。しかしこれは最初の過程にすぎない。
                                   
絵にするにはそのイメージを紙などの二次元面に再構成しなければならない。その際に、必要な要素を抽出して、ペンなどを使って線でそのイメージを構成していく。頭の中のイメージをすべて線で描ききることは不可能なので、何が必要で何が不要かの取捨選択をしなければならない。それが決まると、次の過程では腕や手指の運動が必要になる。その運動の結果として残された軌跡を見て、頭の中のイメージと照合し、必要があれば運動を調整していく。 
                                                     
絵を描くためには知覚、記憶、思考、運動など、多くの過程を要する。脳のほぼ全領域を駆使しているといってもよいだろう。しかし実際には、私たちはそれほど苦労することなく絵を描く。技能に巧拙はあっても、絵を描くことに格別の困難を感じる人はいないだろう。子どもであっても絵を描くことに特別な訓練は必要としない。技能的に未熟な子どもの方がむしろ絵を描くことが好きだといってもよいだろう。
                                                    
大人は必要ならば絵を使うが、子どもは絵を描くことを楽しんでいるようだ。 ヒトの子どもはだいたい1歳半ごろにはお絵かきを始める。この頃の子どもが描くものは、私たちがイメージするような「絵」ではない。紙に線を描きつけただけにしか見えないもので、「なぐりがき」と呼ばれている。子どもの方も、何かを意図して描いているというよりは、自分の行為が紙に残るのが楽しいかのようだ。何枚も何枚も同じようにしか見えないお絵かきを続ける。
                                                     
この時期、子どもはある程度の語彙をもっていて、自分の描いたものに対して何らかの命名をすることはある。しかし、何を描いても「雲」や「水」などと言う。または「ぐるぐる」といった見たものから連想した名づけだったりする。 毎回同じようなものを描き続けていても、子どものお絵かき好きは衰えない。鉛筆でもマジックペンでも描くものがあれば、どこにでも描こうとする。
                                                     
そして3歳を過ぎたある日、突然のように人物画などの意味のある絵(=具象画)を描き始める。この過程についてはさまざまな仮説が出されているがはっきりとはわかっていない。 具象画が現れ出すと、子どもの絵は一気に上達していく。顔だけだったものが、手足が描かれるようになる。胴体がなく、顔から直接手足が生えている「頭足人」と呼ばれる人物像を描くこともあるが、やがて必要な要素をほぼ揃えた絵になる。人物の他にも花とか自動車とか見たことのあるものを描き出す。とくに見本をもたずに描いていたのが、何かを真似て描くようにもなる。人気漫画のキャラクターなどが多いようだ。またこの時期には、他の子の描き方を真似するようになる。
                                                    
真似することがいろんな表現のレパートリーを増やすことにつながるようだが、個性が消えていくようにも思える。幼稚園などで描いた絵を見ると、どの子も同じような題材で同じような絵を描いているように見える。 誰かの描いたものを真似ができるということは、描かれたものの特徴を抽出し、それを自分の手指の運動として再現することができるということだ。具象画を描くようになって1~2年でその能力を獲得する。しかし、実在の事物を見て、それを絵にすることはまだ難しいようだ。自分が見た三次元の事物から特徴を抽出してそれを二次元の平面上に線で再構成する能力は、さらに学習が必要なのだろう。
                                                     
明日は「なぜ絵を描くのか」をご披露します。


(たなか まさゆき 京都大学霊長類研究所)より。


▼引用文献▼松沢哲郎(1995)『チンパンジーはちんぱんじん』. 岩波ジュニア新書.明和政子(2004)『なぜ「まね」をするのか』. 河出書房新社.Tanaka, M., Tomonaga, M., Matsuzawa, T.(2003)” Finger drawing in infant chimpanzees(Pan troglodytes)”. Animal Cognition 6(4), 245 - 251.友永雅己・田中正之・松沢哲郎(編)(2003) 『チンパンジーの認知と行動の発達』. 京都大学学術出版会.

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