2007年9月16日日曜日

大きな組織の自転の怖さ




NASAが打ち上げたロケットが落下事故をおこしたのは;大統領の年頭教書の発表当日に成功を同時に行うことが効果的であるが故に無理をしたのではないかと勘ぐられた一面もある。


そんな背景があって政府調査委員会は公聴会を組織して証人の話を聞くというを着々とやっているのであった。


こういう調査はホリング議員の経験からすると、「色々な文書に目を通すだけではなく、どっぶりつかっている調査官が4・5人ロケット発射台へ飛んで行って、いろんな連中の話を聞いたり、一緒に昼飯を食ってほしいことなのだ。そのあたりのレストランで2・3週間でも食べてごらん、文書で得られる情報の量よりも、たまげるほどの情報が入るもんだ。人がうやうやしく提出してきた書類なんかいくら読んだからといって仕方がない。」というのであった。ファイマンさんは実際聞き取りもやっていた。


NASAは初期の段階ならば、宇宙服のことを例にあげれば、不都合な点があれば無視しないし、お互いに共通の関心事だった。


ところが月上陸の壮挙が成就されると、NASAはいつのまにか、大組織になっている。しかしこれだけの人を集めておきながら、いくら大きな計画が終わったといっても、いきなりクビにして、路頭に迷わせることなどできない相談だ。そうなってくると、このさき一体どうすればよいかということになってくる。NASAでなければ出来ない計画があるということを議会で説得し承認を獲得しなければならなくなる。


そのためには上層部はシャトルがいかに経済的か、何回も飛ばせることができるとか驚異的な科学的事実が発見できるとか大いにブツわけです。「シャトルは○○回も飛ばすことができ、それには□□の費用がかかります。今度下層部技術員は、意見はとんでもない、そんなに何回でも飛べる訳はありません。というギャップが生じてくる。


議会に提出している側はそんな額まで要求したら到底無理だと思うものです。技術員のいう駄目な理由は聞きたくもない。それを耳にいれなければ議会で嘘をいう必要もない。


そこで飛ばす前に、是非とも是正する必要がありますとの耳障りが聞こえてくると、幹部や中位の地位のマネージャーは「とんでもない。爆発事故の焦点でもある問題のガスもれ防止のシールにふれられると「シャトル飛行をいったん中止しなくてはいけないじゃないか」とか「だめだめどんどん飛ばし続けなくては、天下のNASAともあろうものが・・」になり、


「もっと詳しく聞こうじゃないか」という情報交換の場ではなく、技術者の段階では何回もいい加減あしらわれていれば「勝手にしあがれ」という気持ちになってしまうのも当然だ。これでは上層部も本当の原因について口をつむぐばかりである。


いくら調べようと思っても無理である。元NASAの長官がなんらかの理由で起訴されていったんクビになっても、自分のオフィスに顔を出していたのである。NASAみたいな大きな組織で働く人間はいちいち言われなくとも、すべきことはわきまえている。NASAはその能力を証明するためにシャトルの飛行スケジュールを守らなくてはいけなかった。だからシャトルを飛ばし続けるようにという圧力はそもそもNASA自体のなかにあったのだ。その夜大統領の一般演説をやろうがやるまいがそんなことは全然関係のないことだ。


(こうなると、大きな組織や国グルミの行動の場合ストップをかける難しさが十分にある。ところどころでストップして階段の踊り場みたいな場を設けて軌道修正をかける方法が必要である。これは難問中の難問である。)


R・Pファイマンは調査しても、これは私らが原因ですとは言う人もいないので、結局分からないので、推論ですがと、ことわっている。

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