2010年4月22日木曜日

ほどよい街


おはようございます。練馬区から西東京市にきて、いろんな活動をしても、顔がみえる街です。よく見なれた顔に出会います。昨日もお恥ずかしい話をすると、年賀はがきの当選した分の受領と、書き損じの分のはがきの切手との交換して3字に帰宅。交換切手8枚した分が見当たらず、もう一度郵便局まで戻って、声はかけませんでしたが、担当の職員の顔もみたのですが、見つけた気配もなく、もう諦めて帰宅しました。
5時すぎに、電話があり、もしや切手の忘れものはありませんでしたか?局前に落ちていたのを届けがあり、交換のはがきに電話が書いてあったので、電話してみたとのことでした。歩道を擦れ違うときも、お先にとかの挨拶もあり、心使いが通じる街なのです。私たちが発行している「きらっとシニア」という新聞に、図書館で新聞記事を検索して見つけた旅行作家Hさんに寄稿を依頼したら、喜んでとのこと、このようにアットホームなのです。市役所の窓口の対応も故郷鶴岡市に似て優しいのです。
4/14pm8:00:BSのフジ
島根県の隠岐の島の海士町について町長のテレビ出演での説明
さざえのカレーが年間3万個売れている。これは島の外の人を受け入れた故の成果だった。新しく来た島外の人がつくったメニューではなくて、今はもう市場では十分に評価されている和牛の飼育で肉も食べるようになったが、それまでは肉の代用品がサザエだったという。これが独特の風味をもったカレーなので人気をよんでいるそうです。
この海士町の人口7000名がいま2500人になっているが、その1割の250人が島外からの人が住むようになった。同町の高校生25人の卒業生は全員島を出ていく。
一時はやった合併も辞退したところ、2004年には地方交付税が大幅カット、さんざん考えた対策は、自立促進条例と少子化対策、今の山内道雄町長は家庭の事情で島に52歳で戻ってきた。島にできるホテル関係の仕事を手伝っていた。
嘆いていても仕方がないので、島にあるものを生かすことにしたが、島に住んでいる人には良さが見えないが、島の外の人も学歴も職歴もかなりのものを捨ててきているのは、大きな社会には愛想をつかし、自分の力量を手助けしてくれるこの町の魅力に引き付けられたようです。
こうなってきているので、島の高校生も島内にとどまる算段をしてくれるのではないかと町長も期待している。島外からの夫婦が子作りするのに、よい島と評価している。
ICT※の発達で島でも保健婦さんらがいれば遠隔診療ができる態勢が出来つつあるそうです。※http://www.town.ama.shimane.jp/news/pdf/kouhou1003-0203.pdf
町長はいう「海士町ならでは のまちづくりのテーマは、『島の幸福論』です。そこには住民の「自分たちの島は自ら築く」という挑戦の意志と、一人ひ とりが足元から小さな幸福を積み上げ「海士らしい笑顔の追求」をしようという想いが込められています。」
慶応大学の上山教授も、ことの変革はおおきなところではなく、地域から国家の再生がはじまるということの実例といっていました。

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