2010年1月31日日曜日

演技の小道具


おはようございます。速いですね。もう1月が終わりです。暦のねじがまだ1月だと強いからでしょうか。

大遺言書 :語り・森繁久弥:文・久世光彦より

「7人の孫」という森繁出演のドラマがありました。森繁さんは食卓の小皿1枚にも、書斎の万年筆1本にもうるさかった。このドラマでも役は便器を製造している会社の会長役であった。
書斎で自社の製品の使い勝手について、あれこれ思案しているシーンがあった。
台本には《会長、商品カタログを手に考えている》とだけ書いてある。間もなく本番というとき、突然、森繁さんが《岩波の漱石全集を全巻欲しい》といいだした。
何のことかわからなかった。分かったところで、5分や10分で揃うわけがない。そのシーンの撮影を夜に回して、私たちは知り合いに電話をかけまくり、ようやく深夜に全何十巻がスタジオにもちこまれた。――森繁さんは嬉しそうに書斎の床に漱石全集をコの字に積み上げた。つまりそれを<キンカクシ>の便器に見立てて、あれこれ座り心地を試すシーンにしたかったのだ。
実践タイプの経営者なわけだ。カタログをみてブツブツ云うよりも、何十倍も面白いシーンになったのは言うまでもない。よろけながら便器に昇ったり降りたりする姿は可愛らしく、真摯で滑稽だった。便器が漱石全集でできている可笑しさがようやくわかった。

0 件のコメント: