2009年11月12日木曜日

父のおおらかさ



おはようございます。私の場合は父が早くなくなったので、これという思い出はない。下記のような話を読むといいなあと思う。

あるとき私は文房具屋で何かを買った。家に帰ってから気にいらなくなった。返品しようと思ったが自分で行くのは具合悪く、これを妹に行かせた。私はなかなかにズルい子だったのである。妹は何心もなく帰ってきて、〈お金返すのはナンやから、ほかのん買うてください、いいはったから、ウチの好きな下敷きに替えてもろたしイ〉といい、私は腹を立てて、妹といさかいになった。

 父がどうしたのかと聞く。私がそのいきさつを父には話したくなかったのは、どこか、うしろめたい気があったからであろう。妹は無邪気にしゃべってしまう。父はゆっくり妹の話相手になってやり、私に向かって、おだやかにいった。〈モノ返す、ちゅうようなときには、自分で行かな、あかんナー〉母に叱られる時は逃げ場もなく追いつめられるので、かえって反発を誘い出されてるが、父がいうと、小学生の私はそれなりに反省してうなだれるのであった。
 
父のは小言というより、世間話のついでというような口振りがあって、子供のプライドはも傷つけられないでよかった。父は母とおんなじことを重ねてしかる、ということはしなかったようだ。しかし私は、父が黙っているのがかえって怖かった。何もいわないのは叱られたも同じことで、私はしょげてしまうのであった。そうして、いつのまにか、コセコセと小さいことはいわないが、大きいところで〈オ父チャンが見通してはる〉と思うようになった。
iメール:田辺聖子著より

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