2007年12月22日土曜日

シュリーマンの外国語の覚え方


写真はゆんフリー
H・シュリーマンと講師の外国語の覚え方
中近東文化センター付属アナトリア考古学研究所の大村幸弘氏の話
シュリーマンは1822年にドイツで生まれている。トロイア遺跡があるということを証明した人でもあるということになっているが、この遺跡は7層にもなっている古代遺跡で、各層の発掘した遺物も混じり合っていて、純然たるトロイアであるということを証明するにはヒッタイト粘土板による必要なものが出てきてもよいが未だである。

1841年ハンブルグを出帆したが難破、生死をさ迷った挙句、奇跡的に助かっている。砂浜に辿りついたといたとき、眼前に自分の大事な手荷物のカバンがあることに気がついた。これには次の仕事の紹介状がはいっていた。
次の幸運はペテルブルグで仕事していたとき、自分の会社の倉庫が全焼した。事務員が走ってきていうには、「船に積み荷として残っていたのは商売の大事な価値のものはあります」だった。
短期間に莫大な財産をつくったのはクリミア戦争(1854-56年)でインド藍、硝石、硫黄、鉛などの戦時品を取り扱った故と多くの外国語を駆使したからであると思われる。
1842-3年アムステルダムにいたころに、英語、フランス語、オランダ語、スペイン語、ポルトガル語、修得。修得方法は、「非常に多く音読するころ、けして翻訳しないこと、毎日1時間をあてること、つねに興味ある対象について作文を書くこと、これを教師の指導によって訂正すること、前日直されたものを暗記して、次の時間に暗唱することである」
これに基づいて講師がならった。シュリーマンの場合は1外国語に1日3時間これを繰り返し3月を要した。
(のち現代ギリシャ語、古代ギリシャ語、ラテン語、アラビア語、ヘブライ語も修得した。)

一方大村講師の場合はこの方法を利用して、最初はクルド語(労働者に通用)、アラビア語(労働者に通用)、は駄目だった。トルコ語(隊商に通用)については単語を覚え、覚えの早い人で2・3日、遅い人で1週間200~300語は覚える。毎日覚えた単語を教師に報告する。この先生は必ず褒めてくれて「あなたは覚えが早い」とおだてられた。そうして単語+単語で表現するが覚える限界に達する。次にこの単語を動かす動詞を覚える。講師の場合24時間その外国語に浸り、8ケ月でしゃべれるようになった。
(トルコの遺跡発掘の仕事に就くことの目的、日本語を話さない環境、年齢などの要素も影響をうけている)

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