2007年10月23日火曜日

言葉と心で見る美術館









平成一六年一二月四日富山県立近代美術館で、視覚障害者と健常者(晴眼者)がおしゃべりしながら絵を見る「言葉による鑑賞会」が開催された。
講師役を務めたのはNPO「エイブル・アート・ジャパン」(東京)である。 従来、視覚障害者の美術鑑賞といえば「触って鑑賞する」という方式しかなかった。しかし、立体彫刻ならば触って感じ取ることも出来ようが平面絵画ではそうもいかない。
そこで考えられたのが、視覚障害者と晴眼者が「一緒にことばで鑑賞する」という方式だ。通常は視覚障害者一人に対して三、四人の晴眼者がついて美術館の中をまわる。 絵の前に立った晴眼者はまず第一印象を話す。
「何か暗い感じの絵・・・」「人がたくさんにいて賑やかな感じ・・」「きれいな女性が座っている」など何でもいい。
視覚障害者はその言葉によって全体のイメージを頭の中に描く。次に絵の大きさ、色づかい、構図、遠近感などについて話す。
そして間を取って障害者の言葉を待つ。障害者はいろんな視点から質問をしてくる。
晴眼者はその質問に答える。そして再び間を取って言葉を待つ。「やっているうちに分かったのは、間をとる余裕を忘れないことです。自分の解釈をそつなく伝えるよりも言葉のやりとりを楽しもうとする態度が重要だということです」 当日、ボランティアとして参加したM・Aさんはこう話す。 一
一般的に他人の解釈を引用したり、あらかじめ勉強してきたことを話すと視覚障害者は違和感を持つ。それよりも視覚障害者は晴眼者自身の中から湧きでてきた言葉を好む。晴眼者によって解釈の違いがあっても構わない。むしろ障害者はその違いを楽しむのだという。「言葉による鑑賞会」は何ともNPO的な活動である。企業ならば絵を解説するテープが自動的に流れるようなシステムを考えるだろう。企業は機械に頼り、NPOは人(ボランティア)を頼りにする。こんな違いが見えてくる。
 
Mさんだけでなく、当日ボランティアとして参加した健常者はプログラム終了後に何とも言えない満足感を覚える。その満足感は視覚障害者に喜んでもらえて自分の存在感を確認できたこと以上に、絵をしっかりと見るきっかけを与えてくれたということだ。目を開けていることと、見ていることは実は同じではない。健常者は、視覚障害者の質問に答えるために真剣なまなざしで絵を見つめる。そして自分の言語能力を駆使して絵の説明を試みる。このプログラムの凄いところは、視覚障害者が健常者の潜在能力を引き出している点がはっきり分かること、「助けるー助けられる」という関係が一方的でなくて相互的であることだ。

ブログ「みんなの仕事塾」より

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