2007年10月17日水曜日

百彩の旅:油井昌由樹



















写真はSQUALLより

夕日は海・山・田舎・都会どこでも古代の昔から何かを語ってくれます。

油井さんの「サンセットの旅人」より
  
目の高さに降りてきた夕陽をじっと見ていると、いつも不思議な気持ちになる。これまでの人生が長い一日であったような今はじまったばかりのような・・・・

夕風が立ち、やがて夕凪が訪れる。
今しがた目の前で太陽はその呼び名を夕陽に変え、地平線に降りるのを踏み止まってぐっと我慢をしている。オレンジ色の顔の下半分を紅くして、大地まで見た目でほんの10センチ辺りで耐えている。本当に動かない、気がするのだ。前からずっとみているような、よく知っている感じ、なのにいつも新しい。

オレンジと赤の境目だけがじくじくと揺らいでいる。そこから湧き出す紅い光子が地上のすべてを満たし、音を呑み込む。その紅い光子の密度に寄りかかり、身を委ね思うのだ。とにかくオレは今生きている。夕陽とオレの間を満たす、ますます赤みを帯びた光子の中を猛禽の鳥が過ぎる。気は付くと、オレンジ色から赤になった夕陽は更に下半分を真っ赤にして地平線に近づいている。こうなると沈下速度は速い。みるみるあっという間に地平に接してしまう・・・
そしてサンセット。
「サンセット」の瞬間、ほんとに一瞬、夕陽は地平線に留まるのだ。この時、万物は赤い光子が創る、永遠の長さの影を持つ。
オレの影も小石の影も、地平の東の果てまで延びて行く。オレたちの影は真っ直ぐに地平を横切り、大地を離れ、宇宙へ飛び出し、太陽系の外へと向かい、光の速さで瞬時の旅をする。それからきっとオレの影は、地球の11倍も大きな木星あたりに像を結ぶ。
地平線にセットした夕陽が沈みきるのに3分とかからない。確かな球体であるはずの夕陽は揺らぎ、つぶれながら没してゆく。すーっと沈み、強い輝きの点を残像に夕陽は消える。気分で言うなら数十秒の感覚で「あーぁ、お終い!!」である。しかし、夕陽のショーはここで終わらない。実のところ、ここまではほんの序章と言っていい。

全天空を使う、第2章が始まる。

夕陽が完全に隠れ、東の間を置いて眼球の絞りが緩んでくると、隠れた夕陽を要の位置に後光が現れ、濃いオレンジ色から始まるグラディーションの光の扇が、西の空いっぱいに広がるのだ。そしてその上空には扇の光を飾る、動かぬ煙のような紫光が表出する。
眼を凝らす。と、その紫光を貫き、後光の広がりが天空を指している。その束光を追い頭上を仰ぎ、更に目を凝らすと、後光は東の空にまで届いているではないか。しかも夕陽の後光は東の空で一点に収束しているのだ。そしてそこに、今度はピンクのグラディーションでできた小振りの扇であった。対日点を要した反対薄明弧である。西の空の夕陽が創る薄命が東空に映っているのだ。反対薄明の美しさは格別である。夕陽の西の空のブルーは、逆光のために白濁しているが、真順光の東の空は深いブルー、藍色なのだ。そこに、最も深く濃いブルーの空の真ん中に、ピンク色に輝く光の扇が広がっているのである。
その上、扇の上空にはマイナス等級の星が瞬いている。
なんと素敵なんだろう。反対薄明から目を離すことができずにいると、ピンクの扇の下から、いや、東側の地平線全体からずっと大きなブルー・グレイの弧が競りあがり、扇を消してゆく。なんとそれは地球の影だった。オレ動くことができずに、360度地平線に囲まれた大地の真ん中に立ち続けた。

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