2007年10月21日日曜日

あるがん患者の手紙から


関原健夫様※1
                    
お電話での会話で、実は一番気になったのは、あなたがご自身の状況を十分に把握していらっしゃるかどうか、という点でした。

たとえば、日本にお帰りになって「閑職に置いてもらう」ことは、本当にあなたがいまなさりたいことですか?ほかの病気でしたら、手術が成功したら九分通り闘病が終わったことを意味するでしょう。でも癌の場合は、闘病はこれからなのです。そして重要なことは「治療は成功するより失敗する確率の方がずっと高い」ということを認識しておかなければならない、という点です。これは厳粛な事実です。

もちろん、私たち癌患者は治療が成功することに賭けて生きているわけです。でも人生の設計を治療の成功だけに基づいて立てておいたのでは、そういかなかったときの失望が大変でしょう。
医師を恨んだり、肉親を恨んだり、自己嫌悪に陥る結果になるのです。そして絶望のどん底で死を迎えることになるのです。
癌患者はふた通りの人生設計を持たなければなりません。治療が失敗した場合と成功した場合と。その二つの仮定に立って、今自分にとって何が一番大切かをえらばねばならないのです。
もし5年いきられたら、本当にもうけものなのですからね。

中略

私の経験と数百人の癌患者との会話を通じて、次のプラクチカルな方法が大変効果のあることを知っておりますので、お伝えします。紙に、何を自分がしたいかを書き出すのです。もし10年生きられるとしたら、5年だとしたら。2年だとしたら。十でも二十でもやりたいことを書き出して、優先度をつけます。私は1年と6ケ月のプランも作っています。最初の6カ月生きられたあとの喜びは忘れられません。

つまり「もし治ったら」「治ったときには」という幻想の世界に住んでいたのでは、そうならなかったとき(その方の確率がたかいのに)の幻滅が大きすぎることを指摘しておきたいのです。この手紙があなたを落胆させないことを願っています。現実をしっかり踏まえてこそ人間は強くなるのですからね。カラ勇気はいずれ馬脚を露します。
ニーチェのことば、「私に死をもたらすものでない限り、何であれ私をより強くする結果となる」をあなたに贈りたい。夜も更けました。もしご希望でしたら、私の癌に関する著作をお貸しします。勿論人はそれぞれの人生観をもっているわけですから、あなたが私と違う考え方を持っていらっしゃることは大いにあり得ることですし、どのような理由であれお読みになりたくないかも知れませんのでご希望がなければ送りません。
あなたのよりよい人生のために、この手紙が小さな貢献が出来れば嬉しく思います。

                          千葉敦子※2

※ 1:1945年北京生まれ、京都大学卒業後69年日本興業銀行入行。2001年のこの本の発行時はみずほ信託銀行営業部執行役員。著書「がん6回 人生全快」朝日新聞社
※ 2:ジャーナリストで週刊朝日の連載「女ひとりニューヨークで闘う」乳がんで再々発して,化学治療を始めたという苦しい闘いの報告を著者はみて旧知の間柄であったので文通などが始まったその当初のものです。。

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