2010年2月2日火曜日

五里霧中


おはようございます。直ぐにも春と思いきや、気温は相当に下がるようで、昨晩は雪になってきました。春になるには、その前に必ず雪の洗礼がどうしても必要のようでした。
生きることの意味(ある少年のおいたち):高史明
山口県下関市七輪町(朝鮮部落)に近い小学校の入学式ででした。親がついていない、着ていた洋服は兄のお古で、カバンもなく、履いていたのは古い下駄でした。真新しいのは名札だけの私と同様、一人ぼっちの子がいました。その子
も又、同じような貧しい身なりをしていました。頬に引っ掻き傷のある、見るからに意地の悪そうな顔をしていましたが、一人ぼっちの私にはその子だけが友達のように思われました。ところが一番はじめにけんか(、、、)をしてしまいます。
下駄箱のところで彼が他人のズックを盗む現場を見てしまった。にらみあいが始まった、いきなり手にしたズックを私の顔に投げてきたのです。
もう取っ組み合いのケンカになりました。同じようにきたない身なりをしていたので、暗い領域(母がいないし、すさんだ、極貧の家庭)が鋭く感じられました。わたしだって何時その子のように盗みを働
く人間になるか分からなかったのです。ドタバタの末教室に入っていた同級生や先生までがでてきて引き離されて、仲裁が入り、サワギはおさまった。がその盗みのことは父からのつけ口を嫌った教えが生きていたので、言わなかった。
わたしたちのけん(、、、)かはその子の盗みがきっかけでしたが、わたしの前途に待ち構えていた未知の、なぞのいっぱ詰まった世界でした。はじめて人間としての道を歩みはじめたといえるのでした。

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