繁栄する貿易港
カリカット(英語:Calicut)はインド西南部、ケーララ州のアラビア海に面する港湾都市。マラヤーラム語ではコージコード(കോഴിക്കോട്、Kozhikode)と呼ばれる。1403年、明朝の鄭和がカリカット(古裏)に寄航している。1498年ヴァスコ・ダ・ガマが来航し、その後、オランダやイギリスが支配した。インド綿織物の輸出港として知られ、キャラコの語源ともなった。カリカット(現在のコルカッタ・旧カルカッタとも違う)の町の起源は11世紀に遡るという。この町がいかに外来の商人にとって安全だったかを伝える話が残されている。東南インドのコロマンデル海岸の商人が、紅海(アラビア半島とアフリカ大陸に囲まれた海)方面での取引で大きな利益を得た。帰途についたとき、あまりに大量の金を積んだため、船が沈没の危険性が出てきた。そこでやむを得ず、この商人はカリカットでその地の王に金の入った大きな宝箱を預けた。半分はあきらめていた財産であったが、再びこの商人はカリカットを訪れてみると、その宝箱は王のもとに手つかずのまま保管されていた。喜んだ商人はお礼として中身の半分を王に贈呈しようとしたが、王は「王者として期待される当然のことをしたまでのこと」といって何も受け取らなかった。そこでその商人は町にバザールの建物を厚意に報いたという。王は宝箱の半分よりも王が公正で町が安全であるという評判をうるほうが港町カリカットにとってより重要だということをよく理解していた。世界史の興亡15東インド会社とアジアの海。羽田正著:講談社より
投稿者 イエローポスト 場所 16:22
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