2008年6月21日土曜日

講談に学ぶ江戸模様


おはようございます。西東京市は公民館活動がとても盛んです。会場もほとんど埋まっています。
講談というのは生の声で聞くものですね。講談師も聴衆の顔を見て、反応をうかがっていてイネムリなどは絶対にさせない話芸には感心しました。
来週26日には芝久保公民館で午後2時より「たますだれ」と講談の実演があります。
桃川鶴女:田辺一鶴の弟子だった西東京市の保谷市部分に在住s50年より。
落語家は500人、講釈師は大阪と東京で74人、女流は38人。
浪曲は100名(名古屋や北海道などにもいる)
振袖火事:16・17歳の大店のお嬢さんがお寺の坊主に恋をしたが恋焦がれて挙句にはなくなった。豪華な衣装を質屋にだした→それをかった別の娘もなくなった→3度目の娘も亡くなった。なにか供養が不足かと有志がお寺でも供養のお経をあげていたときに、燈明から出火して江戸中の火の海になった。このときに天守閣まで焼失してしまった。1月18日より80日間燃え続けていた。
江戸博の建物は江戸城の内部の間取りを再現したものだそうです。この辺の話は常設の講談はなく講壇関係者はハトバスにのっていまもガイド役もやっているので江戸については相当に詳しい。
●紀尾井町は紀伊、尾張,井伊家の屋敷があった故。
●東京の青山:は中国では大きな墓地をさしたことから、もうひとつは徳川家康に仕えた青山忠な成が住んでいたいたことから由来する。

せい‐ざん【青山】
 樹木の青々と茂った山。
 [蘇軾詩「是処青山可埋骨」]骨を埋める所。墳墓の地。「人間到る所―あり」
 琵琶の名。名器として知られる。平家物語7「かの―と申す御琵琶は」

●看板:看板は見上げる位置に、売る・買う人も対等に礼をする。しかしこれを口酸っぱくいうよりも一人でにそのような仕草をするために店の暖簾は真ん中に裂け目をつけて、自然と頭をさげて入店する仕組みになっているという。(これは日除けと看板だと思われるし、入るにはこの入りやすい部分がどうしても必要だったと思う。)
*質屋;将棋の歩は裏が「と金」になっているが、お金に換えるというシャレでそうです。
*まんじゅう屋;中国から」きた饅頭は中身が肉であったが、日本はほとんど食べないので、アンコをいれた。→美味しい→荒馬が看板(アラうまいというこれもシャレ)
●江戸は寺と橋が多い:両国橋、我妻橋、千住大橋、など大きな橋が5つと13橋がある。
●着物の柄:ひとつ季節の前のものを着る。トンボを夏に着るのは秋の先取り。櫛の模様は絶対ないのは、櫛の歯がこぼれるのは縁起が悪いと思われていた。
●お稲荷さんが一番多かったのは商売繁盛を祈ったから。
●神社は2礼(90度以上頭を下げる)2拍手、お寺は合掌について若い世代で混乱が見られる。お賽銭はお米だった。「おひねり」になっていた。
お賽銭で5円はご縁があるが、避けるべき賽銭は35はさんざんなご縁、65はろくでもない御縁、とてもよいのは555はいつも御縁がありますように。
●屋台:そばよりも圧倒的に江戸前寿司が多かった。
●明治神宮は誰をまつっているか:明治製菓、明治大学の総長、という新話もある。
●松(常緑)、竹(人生10年節目でちょっと戻って反省をしろ)、梅(忍耐の象徴)
庭石や梅は庶民は植えられないので神社・仏閣で楽しんだ。
●胸の扇子;命をかけている印で、講談に限らず、芸事、も同様な覚悟があった。
●泉岳寺は徳川家の菩提寺であったので、赤穂浪士のお墓があるのは、幕府の秩序を乱す・忠節を尽したあっぱれな振舞いと褒めるべきかのせめぎあいがあったが、家族や財産すべて擲ってのことなので称揚すべき方の判断となったそうです。しかしながら大石内蔵助等には切腹を命じた。
●仏花はなぜ菊の花?:本来は仏教は蓮の花であるが、いつも手軽には手にはいらず、
仏の話を聞くというゴロ合わせにあった花でもあったからだそうです。
●下馬:危ないところは主人みずから下馬した。えらい人も謙虚だった。

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