2008年6月19日木曜日

老人虐待の構図とささえあい


おはようございます。桔梗の花は紙風船のように膨らんでからひらきます。藍色がさわやかな印象を与えます。以下はちょと重い話のようですが、キチンと説明を受けるとそうでもありません。
ささえあい:日本高齢者虐待防止センター事務局長梶川義人がこんな話をしてくれました。若いときに受けたものは虐待にならないが、逃げられない・抵抗できない高齢期には虐待といわれる。虐待の定義はあいまいで、人によって受取方が違う。
被虐待者がいてそれを囲む虐待者・それをみている観客・それをみている傍観者がいるという構図になっているそうです。「人の目」がない密室(地域)は荒れる。あれっと関係思ったら、シニア関係なら何でも相談できる自分の住む近くに必ずある包括支援センターや人権擁護委員などに相談・連絡・通報くださいとのこと。
ところがやっやっこしい説明をしてくれました。「当事者は虐待の意識がない」この説明もにわかにはわかりにくい。ましてやこの虐待者を応援する観客までいるという。
虐待者は段々エスカレートするのかもしれない。毎日介護は面倒だし、認知症の人などは動かれると介護しにくいので縛りつけられるとか、放浪されても探す手間があるので部屋に閉じ込める。ときには介護者が自分のうっぷんを晴らす意味で殴る蹴るをするに至る。その介護者が「観客」である知人に訴えるが、相談者である虐待している人は虐待の事実まではいわないし、その知人もいわゆる被虐待者の意見を聞いていないから同情してしまう。そうした意味でこの知人は虐待の抑止力にならない。
暗室では、極端になって相手の立場に立てない状態→手加減なし。
そうすると虐待者だけが悪いように思われるが、虐待する側の事情もあることを高齢者虐待防止法が考えてあるそうです。
本当に微妙ですが、手加減があれば虐待にならない。高齢者の心身に深い傷をあたえ、時には犯罪上の行為となるようなダメージを受けないかが境目であるそうです。又そういう状況を目撃した場合、もし自分だったらどうする。これは耐え難い方に思われるなら虐待に該当する可能性がある。
虐待の種類は①身体的②性的③心理的④経済的⑤ネグレクトの種類あるそうです。
セルフネグレクト:自分で自分を見殺しにする(ゴミ屋敷になっていてでゴミを他から集めてくるような自分を否定することで安心感を得ようとする。犬猫を集める。病院には行かないと拒否してしまう)これが急増しているそうです。

ある「支えあいの人」がこんな質問をした:
Q・ある近所の家でドタバタする音が聞こえる。時々みかけるお母さんの生傷が絶えない。「どうかされました」「転んだもんだから、たいしたことないんです」と息子の暴力を肯定しないのです。
A・先生の答えはそうなんです。母親は肯定すれば息子が近所で暮らしにくくなるのを慮って我慢してしまうのです。例えば母親について冷静な判断ができるな人は少なく兄弟や親の身内が通報するまでに至らないので、いわゆる「観客」となって加害者を応援してしまう。
Q・「そのお母さんもどこかに移転してしまったがどうなんでしょう。結局何も助けてあげられなかったんです。」
A・そのころは法整備もできていなかったが、現在はかなり介入できるようになっているそうです。そのお母さんも分かってくれる人がいたというのは記憶に残っていることでしょう。

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