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2010年2月13日土曜日

鮭いろいろ


おはようございます。故郷山形の日本海の鶴岡もお祝いのときの折に鮭が入っていて、その木目のようにきれいだったこと。それと母の実家山側の山形の家で食べた塩の塊の鮭これも美味しかった。
 青森の人も鮭好きなのですね。

大きなお世話:日本文芸家協会編:長部日出雄「鮭と縄文人」から
青森の人は三内丸山遺跡の発見で縄文時代に思いを馳せる。鮭は神から恵み与えれた大切な食糧、晩期には塩付けによる保存も始まったらしい。
●寺山修司は鮭の腹の下のほうの皮が白くなったところが美味しいと力説。
●苦労人で、貧乏生活の経験のある棟方志巧は陶芸家の河井寛次郎を家に迎えたときに、塩で凝り固まったような鮭、京都で暮らす河井は食べたことがなかっただろう。昔の青森の人間にとって、ほんのひとかけらでご飯が何杯も食べら
れるほどカライ塩鮭は大の好物。
ビエンナーレでグランプリを受賞した棟方がロックフェラー財団の招きで渡米したとき、空港に出迎えた人に、初対面でありながら「アメリカには、鮭がありますか?鮭がないと力がでないのです」
それを聞いた人は、「滑稽な感じを受けるどころか、私たちと同じでオープンで、フランクな性格の人で、親近感を抱きました」との感想だった。
●デリケートな太宰治は金持ちの生まれ:木目状に重なった身を一ひらずつはがしては、口にいれ一口毎に酒を飲む。友人の話をして、カチカチの鮭を茶漬けにして食べるのが一番うまいなんて、山家育ちなんだな」

2010年2月8日月曜日

ジャガイモは怖い


おはようございます。戦後の食糧難のときは、ご飯にジャガイモや、大根の葉や、サツマイモがはいっていました。皆お祭りどきに食事が賑やかになるのが楽しみでした。
じゃがいもの話:スペイン人で神父で植物学者であるジェロニム・コルダンや同じくスペイン人のペドロ・シェザ・デ・レオンが異口同音に絶賛しているような食材、あっという間にヨーロッパ人の胃袋を虜にしたかのように思われるだ
ろうが、実際は逆だった。
大体人々は初め気味悪がった。土にまみれた不細工な塊、こりゃ、悪魔の食いもんじゃないか。
たびたびヨーロッパ各地を襲った不作や飢饉の年にさえ、どんな厳しい気象条件にもまけず、どんな貧しい土壌にも根付き、多さんで栄養価の高いジャガイモは受け入れてもらえなかった。当時の絶対君主は食糧問題の解決につながると
みて、普及のために最後は暴力や脅しを用いて強制的手段に訴えた。1756年のジャガイモ戦争でルイ16世の治下のフランスでジャガイモの普及に尽くしたオーギュスト・ハンバルマンチェはプロシャの捕虜になったおかげでジャガイモ
の美味に気付かされた。しかしジャガイモンの普及は遅々としていて、市民権を得たのは18世紀も末のことである。
日本には1601年には今のジャカルタからオランダ船で長崎にもたらされた。ロシアに入ったのはこれよりも遅いのだ。17世紀末兄弟との政争にかったピョートル1世は職工に身をやつしてオランダやイギリスの先進国の技術を学びな
がら、ジャガイモの美味も体得して持ち帰った。しかし誰もが気味悪がって食べないし、作付もしない。大帝が目の前で食べてみせても、さらには食べないと打ち首といっても苦しみ悶えながら死ぬのは嫌と拒否していたが、実際食べて
みて美味しさが分かったのことだった。しかしそれでも翌朝には冷たいムクロになるとおののいた。
アダムとイブが楽園を追われた原因となったのは、リンゴではなく、ジャガイモだというのだ。花が咲いて実がなるのではなく、土中でクローン型の増殖をするのが、気味悪がられたのである。「悪魔の果実」を食した者には地獄が約束
されている、と。
もうひとつ農民に普及しなかったのは味が薄く、バターやソースをかけると高く付いたとういうこともあった。
武装蜂起した首謀者が不毛の大地へ流刑になった。ここでやんごとなき身分の首謀者も農耕にはげみ、ジャガイモを取り寄せ栽培した。それが農民にもやっと伝わった。それがジャガイモを栽培しそれを食したものには金貨を与えた。こ
れは絶大な効果があった。それが全土に伝わる始まりだった。

2010年1月5日火曜日

野菜の味


おはようございます。野菜に特にモーツアルトを聞かせると、その野菜の味が奥ゆかしいものになるという話を聞いたことがありましたが、そういう事があるのですね。
11月21日、東京・目黒にあるイタリアンレストラン『グースト』で、新潟県三条市産の食材を使った料理を楽しむイベント『BUONA ESPERIENZA DI SANJO 豊穣の三条 -晩秋2009-』が開催された。

 新潟県のほぼ中央に位置する三条市は、日本の棚田100選にも選ばれた美しい風景が残る自然豊かな食材の宝庫。この日は同市出身の小松岳史オーナーシェフが郷里の魅力的な食材を手の込んだフルコースでもてなした。

 三条市下田産のサツマイモ『越の紅』を使った野菜チップス、三条縄文ドジョウをフライにしマリネ風に仕上げた前菜、炊きたての棚田米にメインの下田産和牛――。そして、中でも注目を集めたのが、三条産の洋梨『ル・レクチェ』とスカモルツァチーズの組み合わせ。

 実はこの『ル・レクチェ』、栽培元の渡辺果樹園が収穫後の追熟期40日間に1日3回モーツァルトの曲を聴かせ、愛情をたっぷり注いで育て上げたもの。こ れにより味わいが深まるという効果も立証されているそうで、口に入れると芳醇な甘みとまろやかさが広がっていく。また、チーズとの相性も抜群で会場には感 嘆の声が響き渡った。
http://news.ameba.jp/domestic/2009/11/50786.html