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2010年2月15日月曜日

樹木希林さん


おはようございます。新年の写真のコマーシャルで出る樹木希林さんは今度はどうするのかと何時も興味深い。これとは違うでしょうが下記の樹木希林さんの努力が重なっての上で、独特の雰囲気が出るのだと分かって、なるほどと思った。
大遺言書 :語り・森繁久弥:文・久世光彦

樹木希林さんはドラマをやるときは、お手伝いとか、風呂屋の使用人とか家政婦の役が多い。そういうとき、この人が身につける衣装や持道具はすべて自前である。たとえばソックス一つ履くにしても、この人は決して衣装係の世話にな

らない。自宅から草臥れて色もよくわからない靴下を持参するのである。エプロンにしてもそうである。下駄やサンダルだってそうである。よくこんな使い古した物があったね、と思うくらいにリアルなのだ。どうもよその家の台所の隅

にぬぎ捨てられた物を頂戴してくるらしい。そうしたものが貯まり貯まって、この人のお邸には、古着や古道具専門の部屋が一つあるという

2009年12月17日木曜日

原節子さんの一面



おはようございます。田舎山形県の日本海側では大雪で大変そう、関東付近のスキー場では1cmもなく、欲しがっているのにに。太平洋側と日本海側との違いもあるのでしょうね。

原節子さんについて、小津映画監督の『突貫小僧』に出演し可愛がられた子役の青木さんは語っている。
水の江滝子さんから聞いた話ですけど。水の江さんが一緒に呉服屋にいったんですって。そしたら呉服屋でお茶がでた。水の江さんが飲もうと思ったら。、プンと匂う。酒っなんですよ。原さんはキューッと飲んで、また向こうで入れて二さかづき、キューッとあおって。
 蓼科の別荘にいった時、原さんが僕といったときに、小津さんは茶碗酒ですよ。原さんはお猪口でちびりちびり飲んでる。ひとしきり飲んで原さんが帰ったんですけど、僕は泊まっていけということになった。
そしたら、小津さんが「原節子、くやしかっただろうな」だって(笑い)知っているくせにわざわざお猪口で飲ませて、自分だけ茶碗でガーッと飲んでやんの(笑い)。人が悪いんだよ、そういうところは。

2009年12月14日月曜日

子役の選定


おはようござます。多少なりとも体調がよくなったようで、よかったですね。最近の風邪は体温を測っても問題ないのに、、2・3週間寒気や肩こりなどがぬけないようですね。
お送りしたものは叔母さん用です。なるべく量も少なく、手軽なものを選びました。ご賞味ください。
青木富夫:小津監督の同名の映画に出て以来「突貫小僧」と呼ばれ、その後は作家になった。その青木さんのお話、1997年7月の雑誌「東京人」の小津特集から
当時(1930前後)の子役は歌舞伎か新派から出ていたんですね。だから可愛いし、いじらしいし、僕は子役じゃなくて撮影所に遊びにいっていただけでしょう。ズボンなんかずり下げているし、小僧っ子みたいな顔しているしさ(笑い)。その当時の小津先生は城戸四郎さんのいわゆる蒲田調の映画をとっていて、小市民的な映画だから、作られた子役はいらないんですよ。ところが子役はみんなつくられた子役だった。それでたまたま撮影所にいた僕を見つけて、これだったら面白いじゃないかと、どこにでも転がっている子どもだ、これを使おうと、こっちがわけがわからないうちに、あれやれ、これやれって。
そしたら小津さんはあの子役は面白いから次もやろうじゃないかとまた呼ばれることになった。
あのころは子ども専門の俳優養成・派遣事務所がなかったのですね。

2009年12月13日日曜日

東京物語の舞台


おはようございます。昨日は夕日がありながらパラパラ雨が降ってきました。夕日は其々の日によって違います。昨日のはかなりワイドな夕焼けでした。駅前の高層マンションからでしたが、時間帯によってずいぶん違うようです。
長谷川さんの紹介で「東京人」の1997年7月号に小津安二郎特集を川本三郎(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E6%9C%AC%E4%B8%89%E9%83%8E)さんが「東京物語」1953年作品という見出しの文を書いているそうです。
この映画の舞台となった東武伊勢崎線堀切駅にいったことを川本さんの書いた案内から、長谷川さんが12年後、東京物語作品の56年後に訪ねてみたのです。
この辺では主要な駅で都会的なセンスの北千住駅から2つ目の堀切駅に降り立って、あっと息をのんだ。さっきの北千住駅はどこの世界だったのだろう。堀切駅はもの寂しく古びて、やるせなかった。人影少ないホームの壁は波状のトタン、申し訳ばかりの駅舎の屋根もトタンで、時代にさらされた錆色をしている。
昭和30年代がそっくり現前したようで、狐につまされる思いがした。『東京物語』では、モンペをはいた娘がふたり、この駅に立っていたけれど、今ふたりがここに登場しても、現代という時代を忘れてみれば、さほどの違和感はない。私は不思議な空気に包まれた。
  駅前に荒川の視野いっぱいに偉大にながれている。しかし立っている道は車の往来が激しく現代そのもので、感動に浸ってはいられない。あわてて横断歩道を渡って川の土手よりの歩道に立つ。広い河川敷はよく整備され、あちこちで少年野球のチームが練習している。左手をみると、堀切橋、その向こうにまさしく映画でみた鉄橋が変わらぬ姿でがっちり荒川を横切っている。対岸の土手に見やると、高速道路をかぶと虫のようにツーツーと動いているのは車、これは映画にない光景だ。背後にはビル群が見えないのでとてもシュールな舞台にみえたそうです。

2009年12月12日土曜日

東京物語




おはようございます。若いころは小津安二郎監督の映画はあまりにもタンタンとして分かりにくいものでした。下記の長谷川さんは素晴らしい
感想を述べています。
未来2009.12号NO519号
小津の水平線:長谷川摂子:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%91%82%E5%AD%90
小津安二郎監督tp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B4%A5%E5%AE%89%E4%BA%8C%E9%83%8E)東京物語の画面は土手の場合はまったく違う。
 東山千栄子の背後の空は<無>、つまり画面全部が彼女に捧げられているのだ。彼女は土手の草むらの上、空という空白を背負って、どーんとしゃがんでいる。彼女の輪郭は絶対的で、彼女の発する存在の光があたりを満たしている。神のよう、とはいえないキャラクターだけれども、彼女の体と声は人生の老境の<あわれ>をまるごと体現していて、混じりけがない。その感情の純粋さと強さは室内の場面にめったにないオーラとなって画面を圧倒的に支配している。