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2009年12月29日火曜日

新人の期待


おはようございます。最近の新人は誰がいるでしょうか?スケートの場合は後輩育成が大変うまくいっています。ゴルフ界の石川遼選手以外はどうでしょうか?

会社や学校でも新人がはいってくると、新鮮な感じがします。
『ニッポンの横顔:大石静』より
松下幸之助さんは経営者としての条件に「運があるか、愛嬌があるか、背中に風格や徳があるか」を挙げたそうです。
松下幸之助さんに、若き日薫陶を受けた経営者は、来客を必ず見送るそうです。相手の背中をみるために・・・。
大石さんは新人のオーディションの時、芝居はどっちみち下手なので、大石さんが見るのは次4点だそうです。
1、 清潔感があること
2、 空間の占領度が高いこと(華があるかということだそうです)例:舞台の場合に、セリフもしゃべらず、隅っこにたっているだけで、なぜか観客をひきつける役者がいるそうで、こういう場合が空間を支配する力があると感じるそうです。宝塚のトップスターになる人は、バックダンサーズの時代から明らかに目立っている。
3、 口角※が上がっていること(口の左右):よくわからないが口元がキリットしていることでしょうか。
4、 後姿がすっきりしていること
オーデションが終了し退席するとき、印象が突然変わる人がいるそうです。背中がだらしなく,一気に印象が悪くなる。

2009年11月10日火曜日

事件の被害者個人②



おはようございます。昨日の通信の豊田利明さん、山形県出身、当時56歳営団地下鉄社員の続きです。凄い人です。

駅員の仕事を次のように認識しているそうです。
常々家内には、「ただいま、といって帰れないこともあるかもしれないから、心しておくように」と言い渡してあるんです。仕事中に何が起こるかしれません。サリンを撒くとかそういうこともあるけれど、たとえば喧嘩で刃物を持ち出す人がいるかもしれない。また精神的におかしい人が、駅に立っている助役を突然後ろから線路に突き落とさないとも限らない。また爆発物がみつかったようなときに、部下に「お前行って取ってこい」とは言えませんよね。私の性格からして、そんなことはちょっと言えない。やはり自分で行かざるをえない。そのようなことは監督者勤務を始めた若いころからずっと考えていました。
オウムの報道もまず見ません。見なくても分かります。これは具体的にどういうことですか?
オウムみたいな人間たちが出てこざるを得なかった社会風土というものを、私は既にしっていたんです。日々の勤務でお客様と接しているうちに、それくらい自然にわかります。それはモラルの問題です。駅に「いると、人間の負の面、マイナスの面が本当によく見えるんです。たとえば私たちが塵とりと箒を持って駅の掃除をしていると、今掃き終えたところにひょいとタバコやごみを捨てる人がいるんです。自分に与えられた責任を果たすことより、他人の悪いところをみて自己主張するひとが多すぎます。
でもお客様から与えられたプラスの面もあります。始発電車でいつも挨拶を交わす50歳くらいのお客様が、私がしばらく休んでいたので、出社して顔を合わすまで、死んだかもしれないと思われていたらしいのです。「命があったということは、まだ生きて何かをやなくちゃいけないことがあるということですからね。しっかり頑張ってくださいよ」と言われました。
「そうですね。私もすべてのものに感謝しないとなりませんね。お互い頑張りましょう」と答えたそうです。憎しみは何も生み出しませんから。

2009年11月9日月曜日

事件の個人の被害者



おはようございます。11月4日成蹊大学の宮脇俊文氏の村上春樹の小説はアジアと関連して日本人の喪失感の原点はノモハン事件や地下鉄サリン事件から理解の糸口があるという講演会でした。
村上春樹の「アンダーグランド」は新聞報道で分かっている名前700人から身元が判明したのは20%(報道の病院の患者リストなどから追う)。それでももう思い出したくもない人も相当にいる。それを懸命に追った膨大な記録です。

この記録の動機は新聞の投書欄にかいてある手紙は地下鉄サリン事件の為に職を失った夫を持つ、一人の女性によって書かれていたことに始まる。彼女の夫は会社に通勤している途中で運悪くサリン事件に遭遇した。倒れて病院に運び込まれ、数日後に退院できたものの、不幸にも後遺症が残り、思うように仕事をすることが出来なくなった。最初のうちはまだよかったけれど、事件後時間が経つと、上司や同僚がちくちくと嫌味をいうようになった。夫はそのような冷たい環境に耐えきれずに、ほとんど追い出されるような格好で仕事を辞めた。
 記憶している限りでは、それほど「切々とした」という文面ではなかった。またとっくに怒っているというのでもなかった。どちらかといえば物静かで、むしろ「愚痴っぽい」ほうに近かったかもしれない。「いったいどうしてこんなことになったのかしら・・・?」と戸惑っているような感じもあった。運命の急激な変転がまだうまくのみこめずに、首をひねっているような。
 この夫婦が負った心の傷は、いうまでもなく、深く厳しいものであったにちがいない。「ほんとうに気の毒に」と心から思った。でもそれがご本人にとって「気の毒に」というだけではとてもすまされない出来ごとであることもよくわかっていた。しかし何が出来るわけでもない。

豊田利明さん、山形県出身、当時56歳営団地下鉄社員で体力を使うので週2回ほどジョギングで体を鍛えている。4時間に渡って、つらい話を聞かせていただいたが、そのあいだ愚痴や弱音は一度も口にされなかった。「自分の心の弱い面を克服し、事件のことを少しでも早く忘れてしまいたい」と語る。続く

参考以前の辺見庸氏の対談:http://efemeral-spring.blogspot.com/2009/10/blog-post_09.html