2007年11月29日木曜日

"夢追い人の往く道”

写真は
ゆんフリー

大事な人との別れ:本当に伝えたいことは別れてから出てくるというようなセリフがある。googleで探した紹介文も利用しながら・・・

この映画のビング・クロスビーの歌を聞いていると本当に幸せ気分になってしまう。「人助けは心豊かににするし、幸せが近くなんだ。角をまがると標識“夢追い人の往く道”幸せはすぐそこだ。わが道を往こう」
今日は時間が随分あったので、武蔵野市図書館に立ち寄りDVDブースも運よく空いていた。何気なく手にした「わが道を往く」という1944年にアカデミー賞をとったものだった。この作品の押しつけがましくないヒューマニズムに感ずるものの無い人でも役者クロスビーの人柄に負うところ大で、クルーナー(囁くように歌う)第一人者である彼の深みのある温かな歌声は、それこそアメリカ音楽の至宝なのだが、その歌声同様に真摯な演技者としての才に全く驚嘆させられるのが本作。NY下町の教会を自ら築き45年護ってきた老神父フィッツギボンの後任を命ぜられ赴任した神父オマリーだが、老師の心情を察し、あくまでも表立たず行動しようとする。そこへ、若い彼の実践主義に違和感を持った老師は、司教にその転任を願い出て逆に真相を知らされて衝撃を受ける。一度はオマリーの奮闘で経営危機を脱した教会が焼失。オマリーは自ら結成した聖歌隊(構成員の悪ガキたちにごく自然にハーモニーの楽しさを教える場面も素敵だ)をバックに、実はかつての想い人だった(眼差しだけでそれが分かる)、今はメトロポリタン・オペラのプリマのジェニーの協力も得て、自作曲の売り込みを図り、再建の資金を得ようとする。自信作“我が道を往く”は高尚すぎる--と受けなかったが、その後、何気なく歌った“星にスウィング”(オスカー受賞曲)が買われる。その他、家出娘の歌手志望キャロルと家主の息子テッドの若い恋の応援もさらりと描かれ、オマリーの人間味をあぶり出す。そして、新しい任地へ赴く彼が老師に贈ったクリスマス・プレゼントとは…。この素晴らしいラストは他言無用。名優フィッツジェラルドの人間臭さがまた一気に吹き出る名場面だ。続編は「聖メリーの鐘」。

ジョニー・バーグ作詞、ジェームズ・ヴァン・ヒューゼン作曲による「星にスイング」やタイトル・ソング「我が道を往く」など5曲で自慢の歌声を披露。

2007年11月28日水曜日

地方自治体の情報化

写真はゆんフリー
情報化シンポジュウム・イン・西東京[役所の情報化に関して] 2007.11.27
西東京市のHPは最優秀賞を受賞したとの市長のあいさつから始まった。
<総務省の自治行政地域政策室長井上知義Z>の話
●今の日本のITのインフラは世界の最高水準にある。
●自治体のオンライン利用は図書館・公共施設の利用予約の利用率は合わせて48%
 入札は16%、港湾手続き25%、中には内容はよく分からないが、暴力団による不当な行為の防止等に関する責任者選任届が11万件0.03%の利用率というのもあった。

<市川市情報政策監・井堀幹夫氏の話>
●証明書等の交付はオンライン申請しても受取のために役所にゆく必要がある(市川市はコンビニで受け取れる)
●情報漏えい:どんなにがんばっても0にはならないが、市川市はISO取得で職員のセキュリティレベルは各段にあがった。
●民間のITのセキュリティ会社を利用するのも手だそうです。
●社会保険所へ分厚い紙データーを持参で照合チェックし、又持ち帰るのはIT時代にはお粗末で改善の余地あり。
●市川市はベッドタウンで選挙の投票率も20から30%で地方政治への関心が希薄であるが、ネットによって意見やクレームが寄せられるようになってきて有り難い。
●イギリスではパスポートも旅行代理店から受け取れるようになっている。
●市川市では市民の意見を全部ではないがパソコンで自動解析してグラフ化まで出来るソフトを利用している。
◎地域のポイント制度:ボランティア・リサイクル・市政モニター等に参加したらポイントを付与し、公共施設の利用料にも使用できるが、一番期待したいのは、そのポイントを望ましい団体に寄付することもできる。そうすることによって、なにかやるときに補助金をください→活躍する・喜ばれる団体に集まる。自ずと好ましい団体の評価ができることになる。(ハンガリーで考えられた制度で納入税金の1%をポイントにしようという。しかし老人や子供にはポイントがでないが、市川市の場合はこれにも出るポイント制度にしている)
神奈川県藤沢市は電子市民会議という自治会や静岡県掛川市生涯学習センターが小中学校に併設刷るように作ってあるそうで、時間がなくてここは聞いていない。

2007年11月27日火曜日

こころの距離

写真は「ゆんフリー」より

以前こんな話を読んだことを思い出しました。たしかアンデス山脈へ考古学の発掘調査に出かけた探検隊の話だそうです。
大きなキャラバンを組んで南アメリカの山岳地帯を旅していると、ある日、荷物を担いでいたシェルパの人々がストライキを起こします。どうしてもそこの場所を動こうとしないのです。困り果てた調査隊は給料を上げるから早く出発してくれと頼みました。日当を上げろという要求だと思ったのです。それでも彼らは耳を貸さず、全く動こうとしません。現地の言葉を話せる隊員が一体どうしたのかとシェルパの代表に尋ねると、彼はこう言ったというのです。“私達はここまで速く歩きすぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはここで待っているのです”
旅する木:星野道夫著:ガラパゴスより

2007年11月25日日曜日

フラット化する世界

写真はゆんフリーより
フラット化する世界
ロボコン(ロボットのコンテスト)は20年前から国立高専の大会をNHKがサポートしてきたが、99年からアジア53カ国の放送組織(ABU)がアジアの大学生を対象としたロボコンを開くこととになった。これは大変な仕事で、アジアは政局が不安定で、言葉や宗教の違い、通信などのインフラの未整備、それにお金がないなどのマイナス要因が沢山ある。01年9月の同時多発テロの時は中止になるかと思った。
 この時モンゴルから国内大会を開くというビッグニュースが、ありこれをネットで流すことにより、アジアの若者達が刺激されたことと、02年の東京の第一回の大会で、」ベトナムの大学が優勝するという番狂わせによって、ベトナムの学生がやれるなら自分たちもできるという挑戦する意欲が、アジアの若者達に湧いてきたと思います。東工大の森教授がいっている「ロボコンには正解がないからアイディア勝負になる」と。アイディアは強制されて出てくるものではないので任せるしかない。これがロボコンの基本精神であり、今大変評価されている。又ITの普及がロボコンを成功に導いてくれた。
 米国のトーマス・リトン氏の「フラット化する世界」によると、00年頃から世界が様変わりして、コロンブスの時代は世界が丸かったというのが発見でしたが、今や世界はフラットになり、ITのお陰で様々の障害がなくなり、いつでもどこでも最高水準の技術情報が得られるようになり、まさに独創性とアイディアの競争になりました。
これは母校の同窓会報に記念講演をしたNHKプロモーション常務取締役栗田実氏の要旨から。

以下は心の深みへ河合隼雄と柳田邦男の対談集より
●日本の大正時代の総合雑誌「日本及び日本人」が「百年後の日本」を予測していますが、学者、政治家、行政官の予測は全部はずれている。唯一当てたのが漫画家。新婚旅行は飛行機でハワイに行くようになりとか、工場の乱立で都会では公害が問題化するというものでした。何故あたったかというと,発想が奇想天外で、しかも勘が鋭かったから。
●いのちとか福祉とか医療といった現実生活に根ざした要求、ミクロではあっても、やむにやまれぬ大事な要求を起原とした小さな集団が、政治とは別の次元で実に多様な活動をして、地域社会を変えつつある。

2007年11月24日土曜日

食料自給率


写真はゆんフリー

食と農をめぐる今日的課題:食料自給率から読み解く
以上は東京大学・農学部長、農学生命科学研究科長生源寺眞一教授の東大農場公開セミナー11月23日から

農林水産省の発表によれば8年間食料自給率が40%を維持していたが、昨年度39%に低下したと発表した。
●日本人の栄養は現在摂取しているのは1900kcalであるが供給過剰で2600kclで、その分冷蔵庫を見ても、食べきれないほどにあふれている。

日本の穀物自給率は28%
1980年代半ば頃までは食生活の大きな変化が自給率低下の主要因
1980年代後半以降は農業の衰退が自給率低下の主要因
      <農業生産指数の推移>
1960-64年    1985-84年  2000-04年
総合     100        134         115
米      100         87         70
麦類     100         55         40
豆類     100         57         46
いも類    100         70         53
野菜     100         147        121
果実     100         194        150
畜産物    100         307        286   
ここに示していないが、1986年がピークだった。このときはバブルの年だった。

<1人1年当たりの供給純食料の変化>単位kg
1955年は高度成長に入った年
 1955年    2005年   2005年÷1955年
米       110.7       61.4      0.55
小麦      25.1        31.7      1.26
いも類     43.6        19.7      0.45
でんぷん    4.6         8.3      3.8
豆類      9.4         9.3      0.99
野菜      82.3        96.3      1.17
果実      12.3        43.1      3.5
肉類      3.2        28.5       8.91
鶏卵      3.7        16.6       4.49
牛乳・乳製品 12.1        91.8        7.59
魚介類    28.3        34.6        1.32
砂糖類    12.3        19.9        1.62
油脂類    2.7         14.6       5.43
●米は約半減、果実や肉・卵、乳製品類が3.5倍から8.倍強もの伸びをしめしている。
その頃育った人の実感は、梅干し弁当が幕の内弁当に、外食は年に数回程度であった。
●農地があまってきていますよ。米・芋などのカロリー生産型農業は国内消費の減少と
輸入農産物の増加とともに後退し、施設園芸(ビニールハウス)や加工型畜産・高品質の果樹が健闘した。

<品目別自給率の変化>単位%
      1960年       2005年
米     102           95
小麦    39            14
いも類   100           81
大豆    28            5
野菜    100           41
果実    100           41
鶏卵    101           94
牛乳・乳製品89           68
牛肉    96           43
豚肉    96           50

飼料   1970年38       25

 <ふたつの食料自給率のかい離>
1960年①   2000年②    
カロリー自給率      79%     40%        
生産額自給率       93%     71%        
②÷①          1.18     1.78
参考:カローリー対比で経済的価値がたかく自給率の品目はレタス、同種の輸入品にくらべ消費者の評価のたかい国内農産物で自給率は牛肉、飼料などはカローリーベースでと生産額の自給率に開きをもたらす要素がある。

●アジア農業は労賃や地代がこれまで農業の競争力を支えたが、長期でみると徐々にそうではなくなるでしょう
●中国・インドなど成長著しく・人口の多い国が食料の質のレベルを上げてきたら、影響は相当大きなものになるでしょう。
●土地余りの状態の下で、安定兼業農業や定年帰農のホビー農業とビジネスとしての農業経営は十分に両立可能
●水田農業の持続性に注意信号:水田農業は平野部でも耕作放棄地が広がり始めている。
それでも水田が持ちこたえているのは昭和一桁世代の頑張りによるが、後10年もすれば80代になるので、期待できないし無理である。集約して1農家あたりの耕作面積を広げることも大事。
●日本の農業品目の輸入は7兆円、輸出は3500億円で20対1の比率しかないが、将来アジア地区でそれぞれの国の得意な農産物に特化してゆく方向もあってしかるべき。
<稲作と酪農の経営規模の推移> 単位a.頭
       1960年     2005年
稲作   55.3           96.1
酪農   2.0           59.7
※酪農は約30倍にもなっている。

●「イネイネ・日本」日本のバイオ燃料は稲、休耕田数10万ha、このうち2万haにおいしい米でなく、収穫量の多い品種にして年間30万klのエタノールが作れる試算がある、政府のバイオマスの総合戦略は年間50万kl、東京大学がスタートさせた

2007年11月23日金曜日

崇高な顔のインディアン

写真はゆんフリー


おおはようございます。昨晩は相当の寒さで、田舎の山形では雪の天気予報までていました。今日はアメリカのインディアンのお話です。
ユングという臨床心理学の学者がいましたが、彼が訪ねたネイデイティブアメリカンはプエブロ族。1920年代だったから誰にも注目されませんでしたが、プエブロの長老のような崇高な顔をした人はヨーロッパにはどこにもいない、ヨーロッパの老人たちはみな貪欲な顔をしている、言っているんです。たましいのことを忘れて物質文明ばかり追求している点で、これでは絶対にだめだになるということをその時いっています。そのアメリカも最近になってやっとそのことに気づくようになって、急にネイティブアメリカンから話を聞き出したりするようになったわけですが、ユングはもう80年前にそういうことを指摘していたんですね。
2001年6月第1回日本統合医療学会で伝統療法と西洋近代医学の統合を目指すシンポジュウムを行ったとき、議長役の東大名誉教授の渥美和彦教授はもとは人工心臓の研究者ですが、ヤギに人工心臓をつけてなが生きの世界記録を作った人ですが、ある日突然「先端医学は人を救わない」と言い出した。ほんとうに人間を救うとなったら、どうしても心の問題に到達するということです。
悪いものを摘出して医学的になおっても、自分の心のなかのもやもやしたものがあると、ついつい家族にあたったりする。家族も「医者に聞いたら、治ったと言っているぞ、健康なくせになにぼやぼやしているんだ」と怒る。そこさえほんとうに解決したら普通に生きている筈の人たちが、そういうことでとても不幸な人生を生きておられる、それがすごく多いと思います。(これは臨床心理士が徹底的に聴いてくれるそうです。)



心の深みへ河合隼雄と柳田邦男の対談の第7話より、
(下記の祈りはまた別です。どういう顔だったかに関心がありますが見つかりません。これらの祈りをしていた人の顔がそうではなかったかと想像します。)イエローポスト


おお父よ、わたしはあなたの声を風のなかに聞き、
あなたの息はこの世界中のすべてのものに生命を与えています。
お聞きください。
 わたしはあなたの前に、あなたのたくさんいる子供たちのひとりとして、 
今、立っています。
わたしは小さくて弱く、
あなたの力と智恵とを必要としています。


どうかわたしを、美のなかに歩ませ、
なにとぞこの眼に、赤と紫の夕陽をお見せください。
この両手が、
あなたの創られたものを、尊敬させるようにしてください。
この耳を、
あなたの声が聞こえるように、鋭くしてください。
そうすればきっと、あなたがわたしの一族に与えられた教えを、
一枚一枚の木の葉や、
ひとつひとつの岩のなかにあなたが隠された教訓を、
このわたしも、理解するかもしれません。


父よ、わたしは力を求めています。
偉大なる敵と戦うことができるようになるための力ではなく、
その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって、
わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。
もしそれがかなうのなら、
日没の太陽が姿を消すように、わたしの生命が終わりを迎えたとき、
いささかも恥いることなく、
わたしのスピリットはあなたのもとを訪れることができることでしょう。

アクエサスネ・モホーク・ネーションのセント・レジス・リザベーションの
なかに立つ「トム・ホワイトクラウド」という名前のひとりのネイティブの
墓に刻まれている祈りの言葉・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「虹の戦士」  北山耕平 翻案 太田書店 より

2007年11月22日木曜日

ケアと触れ合い

写真はメル友yamazakiさんから

おはようございます。コケを玉にしたものを作ったものが、今までは黒ずんでいましたが、本来の緑を取り戻してきています。

介護講座にいったら、同じ机のに学生と市民が並んでください。これは世代の違うもの同士が3分位交代で自己紹介もします。

ケアで大事なことは、自分が一番やってもらいたいことを相手にしらせることです。これはなんとなくしか考えていないことがわかりました。
まず書き出してみると、結構曖昧でした。書くことによってもっと自分でも鮮明にすることが大事だと思いました。こういうふうにいわれなかったら、オボロゲナガラしか自分のことが分かっていないことが
分ったことと、これを隣の人に説明する・相手はヒタスラじっと聞くという作業でした。

●ちょっと歩行がおぼつかなくなった人:あと堤のところの桜の木のしたで、存分に花に触ってみたい。→それでは今からそれができるようにリハビリをしましょう。
こうすると、目標ができるので頑張り方が違ってきます。
叔母が最近介護施設に入所しました。お隣の82歳のオバアチャンでしたが、介護4が訓練によって介護1になったそうです。

又弓の仲間で月に1週間は博多にいって母上の介護の応援にゆくそうですが、脳梗塞の治療が終わったら、別のリハビリ専門に移るべきだととのこと、これは
専門のリハビリにゆくと、厳しいが3倍もはやくよくなるそうです。

柳田:最近おもしろい話を聞きました。指圧マッサージの得意な女性が中学校をたづねていって、生徒同士で肩もみをやらせる。丁寧にツボとかのもみ方を教えてね。すると、もまれている側は当然
だんだん気持ちがよくなってきますが、上手にやっていると指圧をしている側も心地よくなってくるというんです。マッサージの先生が「指圧していて気持ちよくなった人」と聞くと
半分以上が手をあげるそうですよ。
河合:はいわかります。
柳田:触れ合うことでやさしさや思いやりを共有するコミュニケーションは、医療の現場にゆくともっと大事なんです。悩んで苦しんでいるお年寄りを看護師だんがさすってあげる。あるいは手を
握ってあげる。そのことが信頼と癒しにつながっているんですね。いりいろなデーターや処置ばかり教えられるが、こういうヒューマンな原点を忘れがちなんです。


河合隼雄と柳田邦男の心の深みへ:講談社より