2009年10月7日水曜日

アニメの歴史


おはようございます。いわれてみると、アニメの下地は日本に昔からあったのですね。
2009.10.3武蔵大学開学60周年記念講演会:日本のアニメ(絵巻物から漫画まで)共催は練馬区:500人定員で30%が60歳以上も目立った、もうアニメの歴史も長ったからでしょうか。
【日本のアニメーションのルーツ】:小山ブリジット人文学部教授・フランス生まれ:日本マンガの魅力をいち早く世界に紹介した人として紹介されている。

アニメの意味:絵に生命を吹き込む:

☆絵巻物はながさ10mにもなる。850年平安から鎌倉時代にかけて盛んだった。
・鳥獣戯画:中の連続しているシーンをきりとれば完璧なアニメ:絵だけでも理解できる
・道成寺絵巻:ある娘が宿にとまったお坊さんに惚れてしまい、逃げるお坊さんは御寺の鐘の中に隠れたところが分かり、それを蛇になった娘がトグロをように巻き付いた絵巻。炎を出して、中のお坊さんを焼き殺す。
・伴大納言絵:絵巻物を一般大衆がみることはなかったが・・・。
・江戸時代の錦絵は安いものだった。
・河鍋暁斎:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E9%8D%8B%E6%9A%81%E6%96%8E
ガイコツの動きもアニメ、わざと歪んだ絵を描いて、これを刀の鞘などのだ円形の筒に張るか写すと正常な姿が分かるという工夫。
・直視式ののぞき眼鏡、一枚の絵のスライドではなく、絵巻を動かしてみせる。

・「写しからくり」:幻燈(フランス語でフロ)村から村へと見せてあるいた。直接ガラスに絵を描いた。
(スクリーンに幻灯機を手にもって7人がそれぞれ1台宛もって合成したシーン:山形文雄先生の劇団みんわ座:江戸時代の写し絵の再現http://www.t3.rim.or.jp/~minwaza栃木の江戸村でも上演されているそうです。)

19世紀に西洋の映画の元が発明された:http://www.geocities.jp/sakushiart/eiga.htm
ソーマトロープやフェナキスティスコープ 円盤部分がそれです。

2009年10月6日火曜日

法然上人


おはようございます。パソコンを操作していて何故タイピングしても、字が打ち込まれないのか、タイピングの強さが弱いのか、PC再起動してみたり、パソコンの調子がおかしくなってメーカーに相談しようと思っていたら、ふとキーボードの電池の寿命切れによるものと分かったのです。機械も「めし」がないと、働けないというオソマツな一席でした。

お釈迦さんが亡くなって500年(BC150から250頃のインドの大乗仏教の学者で仏教の革新派)その人達は自分たちを「大乗」大きな乗り物とよんで、それまでの釈迦の弟子達を「小乗」といった。日本は大乗仏教の国です。大乗仏教がこんなに残っているのは日本を除いてはチベット位です。中国や韓国では主となる宗教は仏教ではなく、儒教です。現代の韓国人の半分はクリスチャンです。(北朝鮮はどうなのでしょう?)日本の仏教はどちらかというと、在家仏教、家にいて普通の姿をして仏教の信者であるという色彩が強い。聖徳太子の和の論理は、意見が対立したら2で割るような和ではない。和があれば、つまり皆が互いに信用していれば、徹底的に議論できる、議論ができれば必ず正しい意見が用いられ、そうしたら世の中はよくなるという和ですね。日蓮は最澄が始めた天台宗の中から出てきた点、天台宗は天才的な空海の真言とは違い、弟子の多くが輩出した。天台は隋の仏教で、隋の煬帝が崇拝した天台智ギでした。
法然は賢い人か金持ちしか極楽へ行けないというのは仏教の本来の平等の精神に悖ると考えた。阿弥陀様がそんなことをさせる筈がないというふうに法然は考え、諸教典を調べて、唐の時代の七世紀善導が書いた「勧無量寿経」の注釈書で「南無阿弥陀仏」といえば誰でも往生できるということを探し出した。この宗教は大いに流行し、この浄土教は短期間に国中に広まった。そうなると昔からの既成の仏教、天台も真言も影響を受けて衰えれしまう怖れから反発を招き、法然は晩年75歳にて四国に流罪になり、八〇歳で戻り知恩院のあるところで亡くなった。一遍も法然の孫弟子で、この人の時宗は念仏していると、楽しくて楽しくて仕方がなく、自然と踊らざるを得ないという訳です。この時宗が盛んになって、河原四条の京極にも念仏道場があり、そういう歌舞音曲が影響して南座とか祇園とか京都の遊び場ができたのだそうです。
出典は申し訳ありません:日本の深層:梅原猛か仏像と仏師の話:久野 健  学生社のどっちかです。

2009年10月5日月曜日

バブルはバブル



写真は「あごひげ」のある人のためのコップ(小さい仕切りのところに髭をのせる)

おはようございます。昨日は西東京市交響楽団の招待券を頂いたのでいってきました。プロコフィエフの「ピーターと狼」は子供のための曲といいながら、楽器の役割とメロディは壺にはまっています。

あのバブルとは一体なんだったんでしょう。新屈せざる者たち;辺見庸より、
畠山みどりさん:150万円の借金で一家心中するひともあるし、25億円(利息は年1億円)の借金も一緒ですね。何度も死のうとも思いました。しかしおとがめをうける借金ではないので、言ったほうがかえってせいせいするのかなという感じで明らかにした。私の借金の話を聞いて、あっ、畠山が25億円で頑張っているだから、自分も頑張ろうという励みにでもなればなんて。

辺見:最近の方がお元気になったんじゃないかなと思ったりしているんですが、お金を返すのが生きる張り合いになったりするものでしょうか
畠山:そういう感じがしますね。この7年間全然病院にいっていないんです。デビューする前からずっと25年間やせるために飲まず、食わずの断食人生だった。それが47歳のときに急性肺炎をやりました。抗生物質を40何日も飲み続けてもまったく直らない。それが抗生物質をやまたら直った。ところがいま体重が60kgを超えてしまったんです。13年前に「やせる本」を出した時46KGでも今のほうが大分調子がよくなった。歌手がスタイルがよくなければならなのは日本人の了見違いですね。
太ったおかげで3音位音域がひろくなった。
 「株」をやるようになったのは私のショーに出ていただいた、八代英太さんが、舞台から落ちた時の賠償金の支払いのためでした。その後仕事がないので最終的には2500万円を支払うために株をはじめました。株で4億円にもなって、次々に誘惑の道にはいったが、それは極楽と地獄の入口だった。おまけに銀行は借りてくださいという時代だった。東急電鉄で1回で4千万円儲けたのが最高だった。儲ける材料を研究するよりも勘がよかった。40億円も動かしていたこともあった。ヘリコプターを買って、スキー場の経営することの夢を描いたこともあった。

公演は1日4回もやることがある。やっぱり借金を返したいから、仕事は全部引き受けます。歌は趣味と実益をかねているのでいい歌をいつまでも歌い続けたい。
まだ借金が22億円のとき、22億円の現金を用意してくれるという話を真に受け、2億5千万だまし取られたこともあった。
1円の返済もできなくなったこともあった。
地上50mのクレーンのうえで歌うとかバンジージャンプの企画も頑張って出演し、凄い視聴率だった。
そんな中で人間の裏表をみたのですが、証券マンが何10回もきて喫茶店で会っていたのですが、いつも御馳走していました。支店長とその坊やがコーヒーを飲んでいたのですが、もう畠山からはお金はとれないと思ったのでしょうね、先に2人が帰りました。あとでレジにいってみると、自分らのコーヒー代だけの支払っただけでした。
また1円も売り買いさせないといって全部現物を引き揚げましたね。それが自分にとってバネになりました。その後電話しても10回に1回しか出てくれない後援会長に電話したところ、電話にでていただいて「あんた元気かい」「株は?」「いくらいるの」電話で30秒で5億円も出してくれたが、湾岸戦争でまた株がだめになった。
この5億円を返済するのに、200年かかるが、会長がお元気なうちに歌を当てて御返ししたいですね。
辺見:だいたい隠しますね。いまの畠山さんの大きさと味を作っているのですね。バブルでひどい目にあっている人たちに勇気を与えているのですね。

畠山:51歳になってスキーで1級を撮ったり、5種類のジェトコースターにのったり、最後に一番凄いのに乗るんです。これでスカイダイビングの仕事の話でも来たら、やりますよ。(紅茶キノコをはやらせたのがこの畠山さん)でもやはり歌を続けたいですね。
借金王:千昌夫はときおりが登場しますが、畠山さんのUHLはもう閉じられていますが、この畠山さんの頑張りは凄いと思いました。

2009年10月4日日曜日

アジアからの花嫁


おはようございます。昨日は練馬区(アニメ制作の集積地)と武蔵大学(開催地)の主催でアニメーショの連続講演の5回の初回で、日本は鳥獣戯画、絵巻物、浮世絵などからアニメーショの下地があったそうです。
ディズニーの映画は主人公に、日本はそれに加え、背景にも力点をおいて描いているそうですとか、また整理してお伝えします。

アジアからの花嫁:どれもが下記の事例とは思わないが医師に相談しにきた話は悲しくもなるようです。最近こういう話題が聞こえなくなっていますね。どうしたのでしょう。

【新屈せざる者たち】より

 辺見庸  :桑山紀彦(山形県上山病院診療科長)
アジアから山形に嫁いできた“外国人花嫁”さんのケアをしたり、ソマリアでの難民の精神状態などの調査もしていた。


辺見:農村でのお嫁さん不足は大変と聞いていますが、
桑山:1980年代はフィリピンからがダントツでしたそれが子供の顔形が違う。冬でも「よく日焼けしているね。」と言われて韓国移ったんです。子供の顔が似ていますから。所が韓国人の気性が激しすぎるということで、気立ての優しい中国の農村部に目をつけたんです。
農村部の出身というものの、実際のところは北京、上海、などの大都市に住んでいる人です。そうすると、権利を主張したり、働く意欲がありますから、家で家事をしてくださいと言っても無理な訳です。ですからトラブルが多いんです。怒るときにもお国柄がでて、韓国からの花嫁さんは灰皿を投げたりする中国からの人は包丁を持つんですね。これはみんな適応しようと無理しているんです。行政はやっぱりリスキーだということで手を引いている。90年代は儲かるということでブローカーが活躍するようになった。これが昔の庄屋さんとかの世話役さんたちだった。だからトラブルがあってもあまり表沙汰にならなかった。
辺見:じゃ逆にいうと、心の病としてはむしろ堆積していきますね。
桑山:日本の男性は内向的でマザコンに近い。「早く結婚して孫の顔を見せろ」といわれつづけて、それにこたえたらあとは自由にさせてくれてくれと、という感じがあるのだそうです。中にはお母さんにつき従って、1週間に1言や2言くらいしかしゃべらない。結婚するのに、田畑を売ったという話も聞きますが、だんなになった男たちがそういう結婚に何を求めていたか分からないし、嫁さんが聞いても旦那は聞いてくれない。一生最後まで理解し合えないままかと思ってしまう。こういう相談にのっているのだそうです。大変ですね。

国際結婚の紹介:http://china.11-deai.com/index2.html
アジアの花嫁にかんする演劇:http://d-villa.blog.ocn.ne.jp/okitama/2009/06/post_2fa0.html

2009年10月3日土曜日

目撃した話を聞く


おはようございます。四方山話を聞いていると、・・・・・
弓道場での稽古の合間の話でした。私は万引きやスリの現場を目撃したことはないのでが、
どいう言う話からこのように発展したかわからないんですが、話を聞いてみると、
万引きした現場を発見したときは、発見した人は胸がどきどきして、現場を店員に通告するまでの勇気のないまま、スーパーをでるが、それでも胸騒ぎがなかなか治まらなかったそうです。
① 主婦が目撃した万引きの現場、ジャンバーの中の両脇にも抱え、体に凸凹の物を
が現れる位に詰め込んでいるのを目撃し、ジロっとにらみつけるようにしている。店員から見つけられそうになると、それぞれの品物を四方八方に飛び散らせるように放りなげるのだそうです。忍者みたいな逃げ方ですね。
② 子供にまだ精算していないお菓子を万引きするところを目撃したときは、開けさせて背中のこどもに与え、レジではこの子供の分や2・3の品物は申告したのはいいいが、
涼しい顔をしながら、手提げ袋に入れたものは申告しない。大きな手提げ袋をもってチャックも閉めないのはそのための仕掛けに違いないということだった。
③ 高齢者の現場を見かけるが、必ずしも、お金に困った様子もないそうです。
これは男女両方いるようです。

列車内のスリの現場:これは中央線の山梨方面への同じ車両には乗客である目撃者の主婦、と泥酔した中年男子だけでした。その泥酔した中年男子に3人組のそれらしき風体の男達がよってきて、一人は通路にたって前後を警戒している。時々目撃者にどうせ何もやるわけはないだろうと、ニヤニヤした視線を投げてくる。もう一人は新聞を広げて、その現場を見えないようにして、残りのもう一人が犯行に及んでいる。やはり目撃者は胸ドキドキであるが、車掌室は彼らの行く手の奥にあるので、女性としては大人しくしているしかないが、かれらは事を成就させて次の駅で降りて行方をくらました。
、帰宅後ご主人に「くれぐれも注意してください」と伝えたよし。

万引きはピック病気の場合もあるそうです。http://venacava.seesaa.net/article/35096657.html

moku

2009年10月2日金曜日

新潟は白根の喧嘩凧


おはようございます。江戸時代の凧はあまりにも夢中になり、禁止令がでたこともあるそうです。朝顔や菊栽培や、ウグイスの声の競いなども趣味の世界で夢中になっていたのですね。
弓道場での合間の話でした。大凧の話は凧上げする人は制作の過程からの積み上げて思いが詰まっていて、それが空で風で「唸り」を伴って遊泳する姿に感極まるのはよく分かるが、
これを見物する側に回って、退屈しない派であろうというのは小生で、退屈するという人は、新潟県の新潟市南区(旧白根市)での凧は24畳もある世界一の大きさで、信濃川の両岸を挟んで対峙して、それぞれの凧を絡ませ、相手の凧の糸を切り、落下させたほうが、勝利を獲得するというのだそうです。

それぞれの糸にガラスの破片を取り付けて、相手の糸を切り落とす工夫までされていて、見物人はそれぞれの応援や敵にヤジを飛ばしたりで興奮してしまうのだそうです。これを聞いてはとても反論できなかった。
この喧嘩のイワレの説は
元文2年(1737年)に始まったと伝えられる白根大凧合戦の起源は3つほど伝えられているが「殿様より拝領した凧を揚げたところ対岸の家屋に落下し、屋根を損壊、これに怒った対岸の住人が更に大きな凧を作り、わざと落として屋根を壊して仕返しをしたのが始まりとする説が最も有名である。しかし、これら3つの説については文献では伝えられていないそうです。

白根の「喧嘩凧」詳細の説明http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%A0%B9%E5%A4%A7%E5%87%A7%E5%90%88%E6%88%A6

2009年10月1日木曜日

江戸凧の材料など



おはようございます。これで4度目で歳を感じさせない江戸凧の人です。

今度の訪問は弓の先生で、小金井公園の江戸建物園で毎週土曜日に、竹でトンボのヤジロベエを作って無償で見学者の関心を示した人に差し上げているが、材料難で門松の竹をもらってきたりしてしのいでいる。江戸凧も竹が材料なので、聞いてひょっとすると竹の材料の入手先をしっているのではないかということで、電話したら遊びに来て下さいということで2人でお邪魔した。この結びつきは凧の端材で十分だし、材料も立派なことが分かったのでいただけることになった。

江戸凧の面白さは聞くたびに面白くなってくる。しかし一度昭和記念公園で凧上げするからということで行ってみたが、これは運次第で風の強さによる。
冬のちぎれ雲が遠く見えて近寄ってくると、これは凧上げによい強い風で、世界に通用する天気予報だそうです。

浜野敏郎さんは江戸凧むらさき会を主宰する。この方は同じく西東京市に住む方で江戸の大凧の材料で特大の和紙(京都の黒谷)以外は全部手作り。
大凧の紙の強度と絵を鮮やかに描けるように裏打は絹を、骨組は真竹(神奈川県の大井松田付近の竹はクジラ尺で伸縮に耐える精度が一番よいことで知られる)
ここの南傾斜に生えている直径15cmの鉈(旧島津藩のマーク丸に十の字)をあてて4分割して、割れた4本は同癖のある部分竹として一括りにしておく。ゆるがせに出来ない糸も麻糸を手で編んで先は
1.5ミリ、反対の先端は5ミリ位の太さ、32本になる、それを100mの所で束ねて、その結び目に放射状にまとめて、巨大な操り人形のごとく、そのなお先に4人位いて引いている。風を受ける角度で上下させたりするそうです。
骨組み竹の採取は12月の水をすわない、水分を少ない・強度が高い3年物を使います。これを備長炭の炭火の上で、油を抜くと見た目の飴色の麗しさにもなり、強度も強まる。
太さ7ミリ幅3cmくらいで、ところどころに溝穴があいていて、極力重量を軽くしようという努力がある。その竹が升目を形成し、四隅から×もかける。
一番上部には籐をリボン状に薄く剥いだ帯をとりつけ、これは「なんともいえぬ勇壮なウナリ」を張り上げる。凧の絵は鯉金(男子の成長を祈った鯉にまたがった金太郎)、突波、などもまず下絵の見本を写すやすいように升目を利用して黒い墨で描いて、色は顔料でなく、染料を使うので鮮やかな色調になっている。
この凧を電柱もない広い公園や河川敷で揚げるが、重さが25KGで大人2人が両端にたって起こして風に向ける、とても巨大なので、風速が8m位は必要で、32本の凧糸がからまないように風を受けるのが経験がものいう。
フランスで世界凧あげ大会があって見事グランプリを獲得したそうです。
この西東京市は一面の麦畑(水田でないので動きまわれる)、麦踏み冬空に凧を揚げることが盛んで、親から教わった凧の絵が上手で評判になり、他人からも頼まれるのでマスマス上手になってもうやめられないし、凧を作る度に工夫を重ね、大空に上がる嬉しさ楽しさは歳を忘れさせることで今年で82歳で現役なのです。

これも10年以上の話ですが、聞いて面白いのでご紹介します。
4.5km、1m置きに連凧富津から三浦半島にかけてアーチ型に上げようという企画。
運ぶのに、トラック2台であったそうです。15年前で制作と運搬に800万円。そのころは民放でも面白い企画だから、費用をだしましょうということだった。
4500枚もの凧を揚げてみると、風が強く、アーチ型ではなく45度の急な登り坂にあがり、なおかつ前方に流されて5から6kmの東京湾をまたぐには足りない。これは湾の中央に、2隻の船から両岸に揚げる方法論が適当だったことが分かったが、その後この企画は行われていないそうです。

http://www.showakinenpark.go.jp/green-culture/portal/index.php?category=event&ym=2007-01