2008年12月11日木曜日

千日回峰行


西方面奥多摩の近くまで行ってきましたが、遠い山々が連なり自然の出迎えでした。遠出した時に、とあるお寺の掲示板で知ったので出かけました。

東京奥多摩の秋川仏教会の六十周年記念成道会(お釈迦さまのお悟りを祝う法要、ここでは75ケ寺が宗派を問わず、仏教に一致協力して住職と檀徒と一体になって励んでいるとのこと500人以上は出席されていたと思います。)で次の方・仙台の慈眼寺の塩沼亮潤住職も講演がありました。まことに清々しい塩沼住職・大阿舎利は昭和43年宮城県生まれ・62年に吉野山の金峰山で得度(お寺で生まれた訳ではないそうです)。平成3年大峯百日回峰満行。11年には吉野・金峯山寺1300年の歴史で2人目となる大峯千日回峰行満行※1を果たす。12年には四無満行※2。18年には八千枚大護摩供満行。

※1吉野山の金峯山寺を午前零時に出発して24kmの大峯山1719mまで登り、帰ってくる道のりです。つまり往復48kmのコースを約16時間かけて毎年5月3日から年間4ケ月決められた120日を9年間毎日あるきます。この大峯山に登った人の話では、尾根伝いに登るときは、右足、左足の順序を考えて整えないと、立ち往生する険しい山だそうです。高低差は1300m。

比叡山の延暦寺では試みた人は数十人おられるそうですが、奈良県吉野山の金峯山寺では志した人は2名、満行したのも2名だそうです。修行で線香の灰が落ちる音さえ聞こえるという。

千日回峰行にはたった一つ掟があります。いったん入行したら途中止めることは絶対に許されません。どんなに高熱であろうと、足の骨を折ろうとも、です。止めるときは携帯している短刀で腹を切るか、腰に巻いている死出紐で首をくくるか、という命懸けの行です。

※2四無行は9日間の断食、断水、不眠、不臥を続ける行です。これは3人志して3人満行。(これが10日だったら死んでしまうといわれている、塩沼住職も何日かして死臭がすると言われた位だそうです)苦行というのは死んでしまっては意味がない。極限まで行き、「なるほどな」と気づいてそっから帰ってくることに意味があるのだ、と。そのような生き方をお釈迦様はお示しになられたのではないかという。会場でいただいた「致知」という雑誌の対談記録の中で、脳学者の茂木さんの話では修行僧の方々は、生命の輝きがとても強いように感じるし、永平寺の禅僧の南直哉さんをみて思い出したそうですが、厳しいスケジュールや質素な食事で毎日過ごしているにもかかわらず、皆さん、肌がきれいで内側から輝いている。睡眠、食事が満ち足りて安逸な生活を送る人よりも、生命力に漲っているというのはどういうことなのでしょう。塩沼住職がいわれるには、極限の行は別として、日々の修行は生活の原点に立ち返るものだと思うのです。朝起きる、勤行して、掃除する。ご飯をいただき、そして寝る。無駄のない生活ゆえに、精神も肉体もすべて自然に調ってくるのだと思いますと答えている。これは観念的にしかわかりませんが仏教界にも素晴らしい方が誕生しています。このような宗派を超えて集いは素晴らしいことだと思いました。

2008年12月10日水曜日

お歳暮会場



昨日の朝は相当によい天気で、午後から降雨があるというのも信じられませんでしたが、義理に厚い人のようにキチンと雨を降らせました。

帰りに新宿駅の広場に立ち寄ったら山形物産展をやっていました。荘内弁やら、新庄弁やらの説明で、品物もそれぞれの郷土色をだしていました。もうこちらは郷土食はフンダンに頂いていますので、試食をしたのは豆で、10分茹でて塩パッパこれが美味しかったし、板そばというのも美味しかったし、結構知らないものもありました。珍しかったのは鉄びんでした、味わい深く火鉢でもあったらいいななどと思いました。不思議なもので田舎の山形の荘内にいては味わえない山形物産展でした。

叔母より頂いた鮭は大ぶりでしたね。身に箸をいれると、実の締まった百合の根のように丸くはじけるようで、新鮮のカス漬けの様相でした。切り身がおおきいので、二分して頂きました。

一昨日はお歳暮を東急百貨店で頼んできました。昨年とは違い、受付会場はまるで銀行並みでした。それはあの番号札を取って順番を待つのでした。

品物を選ぶには3回ほどグルグル見回したのですが、今年は予め方針をきめて行きましたので、ほどなく決まりました。品物も蝋細工の見本はほとんどなく、電気店のような厚紙に写真がありカタログがわりになっていました。これも経費節減、受付方法も経費節減のように思いました。

これならインターネットでの選択でも同じではないかと思いました。そうは言うものの、下見が必要ですね。待っている席と、受け付けている席は隔離されているので

活気が伝わってきませんでした。あの人は何を選んだのかしらが見えると覗いてみえるのが楽しみですよね。お歳暮のにぎわいは薄らいで病院の待ちあい室のような静けさでした。


2008年12月8日月曜日

中村久子物語②


昨日の続きです。重いお話の続きになりますが、叔母の配偶者が難病で苦しんでいますので、ついこのようなテーマに目がいってしまいます。

中村久子の生涯」・4肢切断の一生:黒瀬曻次郎編述http://www.nakamura-hisako.co.jp

年表で中村久子の生涯を語っても実感が伝わらないのは承知ですが敢て・・・・・・・・・・・。

1911年(明治44年)

15歳、夏1月かかって単衣を口で縫いあげる。

20歳生きるために自分の姿をみせる見世物小屋入りを決める

24歳の5月24日、やっと見つけた弟栄三死亡、8月18日は母あや死去、身売りの年季明け、中谷雄三と結婚。雑誌「婦人界」に懸賞実話で1等当選。(以後別3回もの結婚を迎えるが、生活の糧の見世物興業をやる限り、興業主との交渉や運営には右腕となる夫がいないとどうにもならない不本意な結婚もせざるを得ないのだった。死神も逃げていくという表現をしているが、どうにもならない境遇であった。

25歳で義足装着

26歳時、長女美智子出産

27歳:夫が肺と腸結核の重態で倒れる。重病の祖母の病気見舞で故郷高山に帰るが、9月1日に関東大震災に出会、あわてて横浜の夫のところに戻る。9月17日祖母死亡。9月25日夫死亡。11月義兄の勧めで進士由太と結婚。

28歳:二女富子出産

29歳:夫進士由太急性脳膜炎で急死

30歳:定兼俊夫と結婚、秋久子左肺を冒される

37歳:女遊びの定兼俊夫と離婚、中村俊雄と結婚

41歳:ヘレン・ケラーと対面

42歳:書道家福永鷲那をしり歎異抄を教えられる。

   高山市は浄土真宗のきわめて盛んなところだそうです。

45歳:大東亜戦争はじまる

46歳:41歳で芸人生活を辞める決意で上京、42歳で見世物芸人に復帰したが46歳でピリオド、長女美智子に初孫の男子が誕生。

47歳:「宿命にかつ」2000部発行

50歳以降:講演や出版

1968年(昭和43年)72歳:脳溢血で倒れる。この年に死去

1993年(平成5年)高山市鉄砲町1番地の真蓮寺に顕彰碑が建立される。

歳は数え年で記載。

明治中期に生まれた明瀬ナツは久子さんより1歳年上であったが、字がかけなかった。昭和30年頃熊本県天草の本渡市の光蓮寺で中村久子さんの講演をきいたナツさんは感動した。それからカタカナで字が書けるようになるのに、何年もかかった。しかし中村久子さんは昭和43年に亡くなっている。

明瀬さんは光蓮寺の住職に昭和58年に87歳になって、中村久子宛ての手紙を書いてお願いした。「もうとっくに亡くなってなさること知っとんなはるでしょが・・・」「わかっとります。ばってんこの手紙は必ず浄土にとどきます。どうか中村さんのお仏壇に置いてきて下され」と頼んだという。光蓮寺の住職が高山にいくと聞いて、ナツさんは手紙を書かずにおれんかったのでしょうと結んでいる。

2008年12月7日日曜日

中村久子の一生




久し振りドライブに行こうと思ったが、試験のとき、拘束されているときは、あちこち行きたいところがあるのに、いざとなると、思い浮かばない。

以前歩いて見つけておいた車で30分先のケーキ屋兼喫茶店に行ってきました。これはと思ったというか、入店の多い・ケーキ屋さんの喫茶店はあたり外れがない。クッキーが美味しいところでした。

昭和12年4月17日午後2時、日比谷公会堂におけるヘレン・ケラー大歓迎会が行われた。ヘレン・ケラーの奇跡の声が場内の人々の耳朶をうった。主催者側の婦人会からの花束の贈呈のあと、中村久子さんという方が人形を呈した。付添のトムソン夫人が久子について詳しく説明した。それがトムソンの手話でヘレンに伝わると、彼女は両腕で久子をしっかりと抱き、それからあつい接吻をした。やがてそうっと両手で彼女の両肩から撫でおろし、袖のなかの短い腕にさわった途端さっと顔色がかわり、下半身をまさぐって義足とわかったとき、いきなり久子を抱きかかえ、長い間接吻し、両眼から涙をしたたらせた。

その場でヘレン・ケラーをして「私より不幸な人、そして偉大な人」といわしめた人、その名が中村久子さんという方です。

すべての幸福の条件を失ったが、しかし最終的には「なお人のために尽くすことのできる人間」になった。天災や人災、思いがけない不幸で、「すべての幸福の条件を失っても、尚人のために尽くすことのできる人間」を最高の人間という。この中村さんが言った言葉です。

中村久子さんは明治30年11月25日岐阜県大野郡高山町(現在高山市)で生まれた。両親の結婚後丸11年目にして授けられた。父は貧しい畳職人ではあったが、両親の可愛がりようはひとしおだった。数え年3歳であった。貧しいとはいえ、出来るだけの医者の手当ても行った。左足は突発性脱疽で両足の切断の憂き目にあい、さらに進行して、手は5指つけたまま自然にもげてしまった。7歳のときは、7月の豪雨の晩だった。父栄太郎は「久子、父(とと)様が乞食になっても、死んで離さないよ」と叫び、息がつまるほどきつく抱きしめられた。しかし39歳の父は夜具の上で亡くなっていた。家庭には久子の病気で使い果たして1円の蓄えもない。その時2歳の弟栄三と久子と母親のあやが運命の急変の中に残された。

日中は、何代も続いた町医者の娘だった祖母のゆきが作ってくれた人形だけが友達だった。

久子が8歳になった。障害者排斥の風潮濃厚な時代で、学校につれていってもらえるとばかり信じ切っていたが、虚しい期待だった。その年の秋母は久子を連れ子にして近所の人と激しい反対にあったが、弟・栄三は叔母に預けて再婚した。その叔母も1年して脳溢血で急死した。まつわりつく弟は育児院に預託する以外の方法がなく、別れることになった。

そうこうしている間に久子は目がみえないと言いだした。

母のあやは安住の地を死によってみつけようとしたが、果たせなかった。

祖母の願は通じてか、この目だけはかろうじて回復してランプの灯がみえるようになった。

母親のあやは、両手両足のないわが娘になにか身につけてやらねばと心を砕いていた。光を取り戻した娘に一生面倒みるほど長生きできないのだから、心を鬼にして着物の糸のほどきかたを言いつけた。何回も問答は繰り返されたし、「出来ません。無理です」と答えてもけして許してくれなかった。出来るまでやらせるしかなかった。ついに、ほどきものができる!これは大きな喜びだった。こんどは縫うことに挑戦したが、できても口にくわえての作業なので、終わる頃には唾だらけになるので、外からの仕事を受けることはできない。まわりの人はといえば、母と祖母以外は誰かれなく口汚くののしった。それでもできないことの上に燃える反抗心が育てた工夫を重ねて、針の穴に糸も通し、針も運びことが成就した。

ずっとあとでは信じがたい話ですが、羽子板は左腕の包帯に羽子板の柄を挟むことによってできるようになったが体全体を動くことができなかった。しかし自分で縫ったお手玉までもできるようになった。

それでも母は自分を生活のために、連れ子をして結婚した。そこでは家じゅうが忙しいとトイレも昼の食事も空腹をかかえながらも待たされる苦行が続いた。母は肩身が狭いので、分かっていながら手出しができなかった。母親は再婚した婚家を出たが、それは経済的にも出来ないので戻らざるを得なかった。

祖母は「口汚くののしられてもその人を罵ってはいけません」といきり立つ久子が喧嘩しようとするが諭すのだった。

 これで彼女の逆境物語が終わったわけでなかった。続く

「中村久子の生涯」・4肢切断の一生:黒瀬曻次郎編述

2008年12月6日土曜日

スポーツクラブの意義


このような企業のトップによる講義を久し振り拝聴しました。14:30開始のところ10分遅れで理由は明らかにしなかった。それでも学生達は待つ間多少イラダチはあったものの、辛抱強く待っていた。昨年や春と比べると、聴講する学生の態度がすこぶる真剣で、今まで全部で縦列30のうち、5分の1ほどの最前席はほとんど空席でであったが、この度は急に就職事情が悪くなったためか、前へ前への進出が見られ、最後の社会人の質問がなくて、学生の的確な質問がなされた。又全体の出席率も大分よくなっている。小生も半年位は通ったが二十日鼠のように走る、自転車をこぐ、

プールもただ泳ぐのは単調なので続かなかったが、介護予防体操でもやっている人の効果はかなりあるようです。それとスポーツ後の入浴施設がとても気持ちよい。

スポーツクラブ業界概況

2008.12.4亜細亜大学:トップによるセミナー:ルネッサンス常務執行役員・堀田利子

要約

参加率はまだ3%、トレーナーを目的や方法を明確にするためにつけてトレーニングするとリハビリにもよい。

国の方針も40歳以上のひとには生活習慣病予防のため、企業にもトレーニング方法を伝授せよと今年から言いだした。

スポーツクラブの意義:事業の根幹はホスピタリティ(一方的ではなく、共に歩むサービス)。

<リハビリ効果>北千住の小池さん60代後半と思われるおばあさんは、交差点でトラックの接触にあって背を下にして、仰向けに倒れたことで背骨の一部を損傷した。リハビリやマッサージの治療を受けたが、痛みは取れなかった。ものは試しでトレーナーのリハビリとは違って、楽しい指導を受けながら、スポーツクラブでプールで歩く練習から始めた。3週間目から効果の兆候が感じられ、今では筋肉トレーニングもやっていて、無駄な脂肪までなくなってようだと話している。

<子供の運動と母親の社交の場>水泳をやっている。一週間も休んでいると身体の不調を来すという。母親も子供の様子を見ている間、学校以外の友達が出来る。

<体力保持>大分のケースでは91歳の富成房子さんは日本スポーツグランプリ、50mの平泳の世界新記録(以前も水泳をやっていたが、60歳より再開)。今でもこの体力を維持したいと頑張っている。

【歴史的変化】1970年位が創世記、1985年エアロビクスでバブル経済崩壊後、ヨガやビューティスブームでにぎわった。

年代別参加

     20歳代           60歳代以上

1994年   48%            20.8%   

2008年  19.1%           21.7%

参加の頻度は60歳以上は時間的余裕もあるため、週2・3回になる、子供にいわれるのは、スポーツクラブの日中はおかあさん・おじいいちゃん、おばあちゃんが多い印象を受けるとのこと。 

入会だけでみると若い世代は40%と多いが、継続性はいろんな楽しみがあるので、スポーツクラブだけにとどまることはない。ですから体重への即効性は無理ので楽しいことを次々と提供せざるを得ないようだ。

【業界の売上】

国内比較

2002年は3575億円54社、2006年では4272億円・499社大手4社※で50%のシエア(※:コナミ、セントラル、ルネサンス、ティップネス)

国際比較

日本3040億円、米国は29636億円

参加率     3.2%      14.7% 日本の成長の余地もあるという見方もないではない。

【最近の傾向】

●3種の神器:スタジオ、プール、トレーニングからプールのないドライタイプもある。目指す方向、筋肉トレーニング・リハビリは苦しい→楽しく、たとえばwilの画面のリードでリズム台での飛び。

●2008年4月1日より、特定健診、特定保健指導という40歳以上の人は生活習慣病にならないように、いままでの治療主体から予防主体に大きく転換している。運動を継続するのは、麻薬を辞めるのと同じく難しい。

●死の四重奏(内蔵脂肪、糖尿病、高血圧、高脂血症、1つの症状は予備軍、2ツはメタボ)

●1運動、2食事、3禁煙、4最後に薬、

●主婦は夜の参加もある。食事の後である。

●子供が自宅の室内にいるケースが多い。ボールも投げられないし、ドッジボールも手でなく、顔で受けるというような事態なのでこの改善につとめている。

●健康を意識している人は90%に上る。

2008年12月5日金曜日

甘い話は落とし穴


振りこめ詐欺なども所得の蓄えが老人に偏っているから、それを狙っているのでしょう。フリーターなど若い世代は生活するのに大変で、3人も働いていて収入には困らないと思っていた近所のおかあさんで看護師をやっているが、父さんは退職し、息子2人が転職等して、所得が極めて不安定だし、住宅ローン残も考えると、やめられないということを率直に話してくれた。こういう若い世代が成長期のバブル時代と今の厳しさのギャップと暴力団の取り締まりによる地下に潜った知能的犯罪へと向かっているようなことも、高齢者社会の到来も、これらの事件の背景にあるのでしょうか?

<高齢者電話相談の内容>

先物取引の金融商品が多かったのは意外だったそうです。1件の被害金額は1000万円以上に

のぼる。この相談員の事例でいうと、1800と4800万円である。

逃げられないストーリー:一度1000万円の商品を買わせて、今度は被害者には分からない事情をしった別の業者が訪問する。「あら今買ったばかりよ」「そうなんですね。その業者は

手ごわい酷い業者ですが、私が業界の事情をよく知っているので、全額までは無理として取り戻してあげましょう。」「やっと700万円取り戻しました」この2番目の業者も最初の業者の仲間ですが、被害者は気がつかないまま、一時は預託金残高は1400万円になって、年末までには全額もどしましょう。この事例を知っている知人がアドバイスしても、すっかり信頼し切っている。弁護士まで法的な助言をしても、時々は配当金20から30万円を持ってくるので安心し切っているので耳を貸さないで、業者がトンズラしてやっと事件であることに気がつくが、この被害も退職直後の男性ではなくて、一人になった女性に多いそうです。

これが公に発見されるのは、税金や保険料の滞納があって分かるのだそうです。被害にあった方が消費者センターなどに相談されるのは5%程度であると思われるので氷山の1角である。

<催眠商法>

これでいい気持ちになり騙されて羽根フトンを買わされた人は知っているところでは8回も買わされている。

こういうフトンを売る業者間では1度買ったら上客リストのっている。

一度買うと、2・3年するとアフターサービスに来ました。あっこれは手入れが悪いので、クリーニングの必要があります。これを洗濯が戻るまでは置いてまいりますのでお使い下さい。しばらくするともう寝てしまうと返却できないと思ってしまう(8日以内にクーリングオフ解約通知すれば汚れてもなんら問題がない。)フトンのことなので寝室の奥まで案内し、タンスの財布の場所や契約書の保管場所まで記憶されてしまっている。

  クーリングオフ(火曜日契約した場合に、翌週の火曜日の消印と内容がある解約通知)をしない限り、何度もやってくるということになる。これは先に書いた業者間では上客にのっているのでクーリングオフによる解約された迷惑客にならないからです。

フトンを自宅まで配達されているのでコワイお兄さんが押し掛けてくる恐怖があるのでクーリングオフ以上のことは出来ないと思ってしまう。

下取り商法もあるが最初100万円のフトンが大負けにまけて30万円、下取りは20万円で10万円でも高いのですが、嘘でもおおぼらの金額でもなんだか大変買い得の心理を味わってしまう。

クイーリングオフで対抗するため契約書はもらっていないというが、居間での契約なので、8日すぎた契約書がタンスの3番目ということまで業者には分かってしまわれていて、グーの音もでないことすらある。1人の通行人を呼び込むので手口が巧妙で、とにかく美味い話には近寄らないし、ちゃんとしたところで買うことです。

こういう買い方は関西では顧客のほうから値引きをいうし、一見うまい話は信用しないので被害が大変少ないそうです。被害者は孫の年代にあっているので、かわいいので、別の場所に移動しても「おっかけ」して追っていって被害というより「楽しみ」という人までいて、お金がなくなるまで続けるのではないかと思うほどである。

対策:近寄らない、商売の場を提供しない。周辺に最近悪質商法要注意の張り紙を何枚も貼りだす。

高齢者の消費者生活トラブル~早期発見のために~昨日の続きです。

全国消費生活相談員協会の遠藤香世子の講演より

2008年12月4日木曜日

老人の駆け込み寺


最近話題になっている【24分に1人の振り込め被害】の実態は、サギの手段が巧妙であたかも催眠術にかかったように逃げにくい。

高齢者の消費者生活トラブル~早期発見のために~の講演から、明日は催眠商法による羽根フトンを8回も買わされた話などです。

講師は全国消費生活相談員協会の遠藤香世子さん:相談電話03-3235-1334や03-3235-3366

相談のきっかけ:本人からの相談ではなく、ケアマネージャーからの相談になる。

    ヘルパーや近所からの注意喚起の情報提供があると、余計な御世話にならないで、スムーズに防止しやすいとのことで、包括支援センターの役割は本当に何でも相談くださいということでした。

<振り込めサギ>

振込めサギ:内閣府や警視庁でもこの関連の広報活動実施中、

     警察も年間の被害総額が2億円程度では最初関心が弱かった。最近の被害総額は55億円にものぼる。強盗やドロボウによる金銭総額を上回っている。

    当初は犯人の犯罪累積総額が1000万円を超え、刑法の適用を重くなるまで待っているのが見え隠れ。

はびこる背景:証拠が残らない(サギ側の電話はプリペイド方式による携帯電話)、

       学生も手軽なアルバイトということでこの犯罪行為に参加している。

       犯人が捕まっても、この手軽な儲かる商売はないので、転業しない。

       どろ棒よりも準備が手軽。

      被害者はそうとうに年配になっている一人家族や2人家族だと情報入手が少なく、サギだという判断しにくい状況に置かれている。

サギの話題:孫の交通事故や痴漢行為のうそ→税金の還付金、年金支給の不足金の支払い

 まだ始まっていないあの給付金についても被害が発生しているそうです。

サギ被害者の内容:60歳以上が75%、(銀行のATMの機械操作の無知で誘導自在※→集金に転換も)

         20から30歳の孫の世代とは別居しているが、親にゆうよりは自分が頼られた嬉しさについ協力してしまう。

         日中留守番の母親は、娘に関する事例はほとんどないが、息子のためなら何でもしてしまうという母性愛が刺激される。

         

集金方法※:被害者が銀行のATMまで出向く代わりに集金マンがくる、公園で待つ、あるいは宅配の形で短期間利用の私書箱に送達させる。これはATMまえの監視カメラに映る危険の回避)

サギ回避の方法:①最良手段は電話をすぐ切る

        ②警察か消費者センターに電話相談したうえで応対を保留

        息子の携帯に電話しても、今のIT時代は息子にかけた電話が転送さ

れるシステムまで用意しているので、電話が息子にではなく、犯人につ

ながってしまうので息子の会社の固定電話にかけないと万全ではない。

サギ被害の額:10万や20万ではなく、100万円以上(退職金や保険金などのなかから手元

に用意されている金額が多いことを示している)